多様な社会ゆえの「問題」と「友情」

 もう一人、本書で印象的だったのは、ハンガリー移民の両親を持つダニエル。イギリスでは自分自身マイノリティでありながら、かえって人種差別的な言動が激しく、周りの子とのトラブルが絶えないんですよね。

 人種差別的な言動とまではいかなくても、ダニエルのように誰かを除け者にしようとして、逆に自分も周囲から煙たがられたりするタイプの人ってどこにでもいます。ダニエルは、シングルマザーで貧しい家庭のティムとよく喧嘩になっていましたが、息子さんが二人の仲裁に入っていましたね。

ブレイディ あの二人だけだったら絶対友だちにはならないんだけど、息子がワンクッション置くとうまくいくっていう人間関係ですよね。面白いことに、いまでもあの二人と息子は同じ仲良しグループにいるんですよ。

 うちの息子って、アイデンティティがはっきりしないってことを自分でも言ってるので、だからこそダニエルとティムとの架け橋になれるのかもしれません。それに私と連れ合いは、人種だけでなくさまざまな点で考え方が違うので、しょっちゅうケンカになるんです(笑)。だから、そういう仲裁役に慣れているんじゃないかな。

ブレイディみかこ×関美和『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を語る

「エンパシー」という重要なキーワード

 ブレイディさん自身がこの本の中で印象的だったところはどこですか。

ブレイディ 自分の「現場」について書いてくださいと言われていたものの、最初から何かテーマを設定していたわけではありませんでした。だから、なんとなく毎月の出来事を書いていたので、最初のほうは自分が好きな音楽の話題が多いんです。

 ところが「誰かの靴を履いてみること」という章を書いたときに、「これかな」ってコトンと落ちてきたというか、これがこの本のテーマになるのかなって思えました。

―――中学の試験で「エンパシーとは何か」って問題が出たときに、息子さんがそう答えたという話ですね。

 「誰かの靴を履いてみる」って、英語のことわざがありますよね。他人の立場に立ってみるという。多様性を増していく社会の中で、とても大事な考え方です。

ブレイディ もしかしたら、学校で先生がempathy(共感)という言葉を使ったときに、そのことわざを説明したのかもしれません。息子だけじゃなく、他の子たちも同じ答えを書いていたのかもしれないです。

ブレイディみかこ×関美和『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を語る

 イギリスの公教育では、ダイバーシティ(多様性)やインクルージョン(包括性)といった考え方が教科として教えられているのですか?

ブレイディ イギリスの公立中学校には2002年に、「シチズンシップ・エデュケーション」(政治教育・市民教育)がナショナル・カリキュラムに組み込まれていて、その中で習います。

 当時のブレア政権下では、保育の二大柱が「ダイバーシティ」と「インクルージョン」でしたから、保育所もそうした要素を取り入れておかないと、オフステッドという教育の監査機関が査察に来たときに、低い評価をつけられてしまうんです。

 たとえば外国人の保育士がいるとか、壁の飾り付けを(キリスト教の)「メリー・クリスマス」ではなく、「ハッピー・ホリデーズ」にしているとか、そういうことで格付けが上がるんですよね。