「底辺託児所」の子どもの運命

ブレイディ でもこんなに多くの人に読まれるなんて、正直本当にびっくりして……。逆に関さんに伺いたいのですが、どういうところが読者に刺さっていると思われますか。

 メッセージの「普遍性」ではないでしょうか。自分のアイデンティティとか、友だち関係とか、どんな中学生でも悩むことで、通る道は同じですよね。ただ、ブレイディさんの息子さんは、日本とは少し違う環境にいらっしゃる分、よりその悩みが強調されて見えるのではないかなと。

ブレイディみかこ×関美和『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』を語る関美和(せき・みわ)
翻訳家。杏林大学准教授
慶應大学卒業後、電通、スミス・バーニー勤務を経て、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経て、クレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。主な訳書に『誰が音楽をタダにした?』(ハヤカワ文庫NF)『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版)、『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(共訳、日経BP社)、『明日を生きるための教養が身につくハーバードのファイナンスの授業』(ダイヤモンド社)など。『FACTFULNESS』は2019年年間ベストセラー第1位(ビジネス翻訳書・⽇販調べ)となり、『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなく美しい経済の話。』(ダイヤモンド社)も16万部を超えるベストセラーとなっている。

 そして、この本は全体を通して、ブレイディさんの人間観察がすごく面白いんです。印象に残っているのは、リアーナとダニエル。

 リアーナは、かつてブレイディさんが保育士として働いていらした、貧困地域の託児所にいた暴れん坊の問題児なんですよね。父親がDVで服役中で、シングルマザーの母親が育児放棄の疑いでソーシャルワーカーが介入していて……。

 それから何年か経ち、息子さんが出場された中学校の水泳の試合で、同じリアーナという名前の黒人の少女が、名門私立校の代表として出場していたんですよね。

 そしてなんとなく、ブレイディさんのほうを何度か見ていたようだという。最後には、金髪の上品なミドルクラス風の女性の保護者が「リアーナ!」と手を挙げて迎えに来て、白いアウディで去っていったっていうあのエピソードを読んだときは、とても複雑な気持ちになりました。

 あの名門私立校の制服を着たリアーナは、託児所にいた暴れん坊の問題児の、あのリアーナだったんでしょうか?

ブレイディ きっとそうだったと思います。リアーナっていう名前はポップスターの名前で、若くて派手めな母親ならわかるけど、そういう名前をどう見てもつけそうもない上流な雰囲気の落ち着いた母親だったんですよ。託児所はもうなくなってしまいましたけど、その場所にまだ残っているフードバンクとかで聞いた噂と合わせて考えると、おそらく間違いないと思いますね。

 私が住んでいるブライトンというところは狭い街で、託児所を辞めた後も、あのころの子どもたちがどうなっているか、いろいろと耳にすることがあるんですが、あまり幸せになっていない子のほうが多いんですね。だいたいはうまくいっていない。だからこそリアーナのことは、特殊なケースとして書きたくなったんです。