子どもに語れないのなら「わかっていない」
関 この本をブレイディさんは絶賛されていますが、どのあたりが素晴らしいと思われましたか?
翻訳家。杏林大学准教授
慶應大学卒業後、電通、スミス・バーニー勤務を経て、ハーバード・ビジネス・スクールでMBA取得。モルガン・スタンレー投資銀行を経て、クレイ・フィンレイ投資顧問東京支店長を務める。主な訳書に『誰が音楽をタダにした?』(ハヤカワ文庫NF)『MAKERS 21世紀の産業革命が始まる』『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』(NHK出版)、『FACTFULNESS 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』(共訳、日経BP社)、『明日を生きるための教養が身につくハーバードのファイナンスの授業』(ダイヤモンド社)など。『FACTFULNESS』は2019年年間ベストセラー第1位(ビジネス翻訳書・⽇販調べ)となり、『父が娘に語る美しく、深く、壮大で、とんでもなく美しい経済の話。』(ダイヤモンド社)も16万部を超えるベストセラーとなっている。
ブレイディ この本の素晴らしいところは、娘からの「なぜ格差が存在するのか」という究極の問いに対して、全体を通して経済の話をしているんだけれど、経済の専門用語を使わず、そよ風のようにさらさらと読めて、それでいてものすごく詩的なんですよね。
バルファキス本人が言っていたのは、ちゃんと子どもにも理解できるようにわかりやすく語れないのであれば、その人は自分が語っている事柄を本当はよくわかっていないんだ、と。だからこれを読んだとき、この人はすごい知性の持ち主だなぁと改めて感じました。
たとえばインフレとデフレについて、捕虜収容所で捕虜が交換し合っていたタバコの流通の仕方を使って説明していますが、こんなにいい例えがあったのかって思いましたね。
関 本の中にはたくさん、わかりやすい例え話が出てきますよね。
ブレイディ そういう点ではどこか新約聖書みたいですよね。経済の新約聖書というか。経済学者が世界の若者に贈る――バルファキス福音書(笑)。
経済を「人々」の手に取り戻す
関 私は昔、ファンドマネージャーをやっていたこともあって、市場の効率性とその恩恵を深く感じる経験をしながらも、一方で富の配分が市場の決定にまかされ、ほんの一握りの人に莫大な富が集中している現状については、深く考えさせられることが多かったです。
とはいえ、政府や官僚に配分をまかせても、人間は愚かですから、必ずしも正しくない配分をしてしまうことはあります。また市場は効率的とはいえ、現状を見れば格差を拡大してしまうこともわかっています。そのバランスをどう取るのかという問いに対して、この本では、資本という言葉を使わず、「機械」や「生産手段」、つまり富をつくりだす何かをみんなで共同所有することだと答えています。
ブレイディ 「デモクラタイズ・エコノミー(経済を民主化する)」って言葉が本の中に出てきますが、この言葉は数年前からヨーロッパでさかんに言われてきました。ものすごく格差が広がって苦しい生活を強いられている人が大勢いるのに、EUの影響で緊縮財政がどんどん進められて、人々の生活はますます苦しくなっている。
経済って人のためにあるべきものじゃないですか。だからもう一度、市場ではなくて、一人ひとりの人間が幸せになるために、一人ひとりの人間が生きていくために、必要なものを手に入れられるような経済を実現しようよ、と。平たく言えば、経済を市場から人間に取り戻そうということを、バルファキスは言っているんですよね。
そのいちばん進んだ考え方が、富をつくりだすものをみんなで共有するということ。企業じゃなくて、一人ひとりが個人で持つ。デモクラシーって、もともとは「民衆による支配」っていう意味ですから。
関 でも結局どうやったらそれが実現するのかっていうところをまだ、みんなが模索している。バルファキスが言う共有とは、いまは政治があいだにワンクッション入らないと実現しないのかなと。
ブレイディ そうですね。だからいまは、バルファキスも新しいニューディール政策の必要性を唱えたり、選挙に出たりしているわけですし。