「財政赤字」が存在するのが、正常な状態!?
中野 民間経済が成り立つためには、取引や貯蓄など、納税以外の目的で流通する貨幣が存在していなければなりません。つまり、貨幣をすべて税として徴収せずに、民間に残しておかなければならないんです。
ということは、「財政支出>税収」の財政赤字でなければ通貨が流通しないということになります。 もっとも、銀行が信用創造をやりまくっていたら、財政は黒字になるかもしれませんが、それはバブルという異常な状況でしょう。ですから、MMTは、「正常なケースは、政府が財政赤字を運営していること、すなわち税によって徴収する以上の通貨を供給していることである」と結論づけるのです。
――「財政赤字が正常な状態」というのは驚きですが、たしかにそういう理屈になりますね。
中野 しかも、日本は20年もデフレに苦しんでいるわけですから、貨幣供給量を増やさなければならないわけですよね? にもかかわらず、日本は一生懸命、財政支出を抑制することで貨幣供給量を抑制するとともに、この20年間で3度も消費増税をすることで貨幣供給量を減らす努力をしてきたことになります。
――それでは、デフレから脱却できないのも当たり前ということになりますね。
中野 ええ。「財政赤字をこれ以上、増やすべきではない。政府の借金の財源を確保するために、消費税の増税が不可欠だ」という通説が、あたかも良識であるかのようにまかり通っていますが、これは、信用貨幣論を理解している人間からすれば、「デフレを悪化させて、国民をもっと苦しめたい」と言っているに等しいのです。
――そうだとすれば、実に恐ろしいことですね……。
中野 付け加えておくと、先ほど私は、「税は財源確保の手段ではなく、物価調整の手段だ」と言いましたが、より正確に言うと、税は、物価調整以外の目的のためにも活用されます。
たとえばお金持ちにより重い所得税を課すと、所得格差が是正できます。したがって、この場合は財源確保の手段としてではなく、平等な社会をつくるための手段として税制はあると言えます。
あるいは、温室効果ガスの排出に税を課すと、温室効果ガスを削減できます。この場合は、税は財源確保の手段ではなく、地球温暖化抑止の手段になるわけです。このように、自分たちの経済・社会を、自分たちの望むようなものにするために税制という政策を使うわけです。
そして、温室効果ガスに税を課すと温室効果ガスの排出を抑制できるのですから、消費に税を課すと消費を抑制することができる、ということになります。消費不足が原因でデフレに苦しんでいるのに、消費を抑制するって、いったいどういうことなんでしょうね? 私には、まったく理解できませんよ。
ーーたしかに……。実際、2019年10月に消費税が10%に増税され、同年10〜12月の実質GDPは年率換算で7.1%減と大幅に低下しました。そこにコロナショックが襲いかかり、”コロナ恐慌”すらも危惧される状況にあるにもかかわらず、時事通信によると、自民・公明両党の税制調査会は、新型コロナウイルスの影響を緩和する税負担軽減措置をまとめる際に、消費減税について「まったく議論しなかった(幹部)」そうです。しかし、安倍首相は、再三、「リーマンショック級の出来事がない限り、消費税率を引き上げて10%にしていきたい」と述べてきたわけで、議論もないまま税率を据え置くことに不安を覚える人も多いですね?
中野 「リーマンショック級の出来事があれば消費税率を引き上げない」ということは、消費増税が経済に打撃を与えることを認めているということです。リーマンショック以上と言われるコロナショックで消費減税をしないのは、公約違反でしょう。コロナショックでごまかされていますが、日本経済の落ち込みの要因には消費増税の影響も含まれている。おそらく、コロナが収束しても、日本経済はV字回復しないでしょう。消費税による消費抑圧がV字回復を阻害するからです。
「プライマリー・バランス黒字化」とは、「国民を貧困化」させること
――ところで、MMTの主張する「財政赤字が正常な状態」というのが正しいとすれば、政府の積年の悲願である「プライマリー・バランス黒字化」という目標は間違っているということになりますね?
中野 もちろんです。プライマリー・バランスとは、税収・税外収入と、国債費(国債の元本返済や利子の支払いに充てられる費用)を除く歳出との収支のことです。つまり、プライマリー・バランスは、その時点で必要とされる政策的経費を、その時点の税収等でどれだけまかなえているかを示す指標ということです。
このプライマリー・バランスを黒字化するということは、歳出を切り詰め、税収を増やすことを意味します。ところが、歳出によって民間への貨幣供給が増え、徴税によって民間に流通する貨幣量が減るわけですから、プライマリー・バランスの黒字化に成功して、税収が歳出を上回るようになるということは、民間に流通する貨幣量が毎年減っていくということにほかなりません。
――つまり、デフレがもっとひどくなるわけですね。しかも、プライマリー・バランスの黒字化によって、毎年、民間に流通する貨幣量が減るということは、極端に言えば、これをずっと続けると、いずれ民間に流通する貨幣はなくなってしまうことになりますね?
中野 そういうことです。プライマリー・バランスの黒字化とは、国民を貧困化させることにほかならないのです。20年以上もデフレで苦しみ続けたうえに、コロナショックに見舞われた日本で、プライマリー・バランスの黒字化をめざすのは“自殺行為”に近いわけです。
――“自殺行為”ですか……。