「財政赤字」なくして「財政再建」なし!

中野 そもそも、財務省が歳出削減と歳入増加によって財政を健全化しようとしても、無駄な骨折りに終わる運命にあります。たしかに、政府は消費税を8%から10%に上げるように、「税率」を上げることはできますが、「税率」を上げたところで、「税収」までも上げることはできません。なぜなら、政府の税収は、経済全体の景気動向に大きく左右されるからです。

 また、政府は、財政支出を削減することはできますが、これもまた、景気が悪くて税収が減ってしまえば、財政収支は改善しません。

 考えてみれば当たり前の話なんですが、財政収支がどうなるかは、結局、すべて景気次第ということです。だから、財務省がいくら頑張って増税や歳出削減をやって、財政を健全化しようとしたところで、徒労に終わるだけなのです。むしろ、一生懸命、増税や歳出削減をやることで、デフレから抜け出すことができなくなって、景気がよくならないという悪循環を続けるだけなんです。

――だとすれば、なんとも虚しい話ですね……。

中野 実際、平成の日本においては、財政健全化の試みが何度も繰り返されてきましたが、財政は基本的に悪化し続けてきました。しかし、それは政府の無駄な支出増のせいではありません。それは、税収の減少と社会保障費など経常移転支出の増加のせいです。そして、税収が減少した原因は、単に、デフレ不況だったからです。

 一方、すでに見たように、その間に、ヨーロッパやアメリカの名目GDPは2倍前後にまで増えました。もし日本がデフレを回避して、欧米並みに成長していれば、それだけで現在の名目GDPは1000兆円を超していたでしょう。であれば、現在のように社会保障の財源が問題視されることなど、なかったはずです。

――ということは、財政健全化のためにプライマリー・バランス黒字化をめざすのではなく、まずはデフレ脱却による民間経済の健全化を最優先すべきだということですね?

中野 そうです。そのためには、政府が財政支出を増やす(財政赤字を拡大する)ことで、デフレ・ギャップを埋めるとともに、民間の貨幣供給量を増やすほかありません。だから、私は「財政赤字なくして、財政再建なし」と言って顰蹙を買っているんですが(笑)、どう考えても、それ以外に道はないんです。

 政府の財政支出の拡大によって、需要が増えて、民間の供給力を上回るようになれば、物価は上がりはじめ、インフレが始まります。そして、需要が堅調であると民間が認識するようになれば、その需要に応えるべく供給力を向上させるために民間は投資を拡大するようになります。

 また、財政支出の拡大によって貨幣供給が増えれば、インフレになって、貨幣の価値が下がり始めますから、カネを保有しているのではなく、消費や投資に回すのが経済合理的な行動になります。それが、経済成長の原動力になるわけです。ハイパーインフレは困りますが、経済成長はマイルドなインフレを伴っているのが普通ですから、その状況になるまで、日本政府は財政支出を増やすべきなのです。

 これは、マクロ経済の基本中の基本であり、その基本を実行すればいいだけの話です。実際、ポール・クルーグマン、ローレンス・サマーズといった大物の主流派経済学者なども、MMTを批判しつつも、デフレ・低インフレ下での財政出動の必要性・有効性を認めています。

「MMTでハイパーインフレになる」は間違っている

――しかし、「財政赤字をこれ以上拡大すると、ハイパーインフレになる」というMMT批判が根強いですね?

中野 誰が、ハイパーインフレになるまで財政赤字を拡大しろと言っているんですかね? デフレを脱却し、インフレ率が2〜4%になる程度にまで、財政赤字を拡大させればいいだけの話で、例えば、インフレ率が4%になったら、財政赤字の拡大をやめればいいのです。

――MMTは「増税によるインフレ抑制」を主張していますが、国民の抵抗が予想されるから、機動的な増税は難しいという批判もあります。

中野 そもそもMMTは、インフレ抑制の手段は増税「だけ」とは言っていません。他にもいろいろ手段はあります。例えば、所得税や法人税には、増税しなくても自動的にインフレの過剰を防ぐ仕組みが内蔵されています。

 所得税は失業者など所得のない人には課税されませんし、法人税も赤字企業には課税されません。そのため、景気が悪くなり、失業者や赤字企業が増えると、非課税になる人や企業が増えるので、税収が減ることになります。言い換えれば、経済全体でみれば、不景気になると、税負担が軽くなり、デフレになりにくくなります。

 反対に、景気がいい時には、個人や企業の所得が増えるので、税収も増える。経済全体で見ると、税負担が重くなるため、インフレを抑制する効果があるわけです。このように、所得税や法人税には、景気の好不況の変動をならす巧妙な機能が内蔵されているのです。これをビルトインスタビライザー(自動安定化装置)と言います。

 これに対して、消費税には、このような自動安定化の機能は弱い。失業者であろうが赤字企業であろうが、消費をする以上は、税を課す。それが消費税です。不景気になると税収が激減する所得税や法人税よりも、不景気であっても税を確実に徴収できる「安定財源」である消費税のほうが、財政健全化論者にとっては都合がいいのでしょう。しかし、自動安定化機能が弱い消費税はデフレを悪化させるものですし、インフレになっても機動的に増収にできない弱点があります。

 だから、インフレの行き過ぎが心配なのであれば、所得税や法人税を高くしておけば、自然と増税になります。消費税よりも、所得税の方が税制として優れているわけです。

 ちなみに、コロナショックの対策としての消費減税論に対して、減税反対論者は「消費税は、いったん下げたら、容易には上げられない」などと反論しています。確かに、消費税は、デフレやインフレに応じて機動的に上げ下げできないのかもしれない。しかし、そうならば、そもそも、そんな悪税を導入しちゃいけなかったということじゃないですか。コロナショックで無一文になった人たちの消費からも税をむしりとるのが、消費税なのですよ。

ーーなるほど。

中野 また、インフレは「需要>供給」によって起きますが、マイルドなインフレ下では、企業は旺盛に設備投資をするので、供給力がアップしていきます。つまり、増税で需要を抑制しなくても、供給が増えて需要を満たすので、インフレは抑制される。

 もっとも、これは、MMTの主張ではなく、正常な経済成長の姿について語ったに過ぎませんが、いずれにせよ、普通に経済成長をしていればインフレは暴走しません。「インフレは止まらなくなる」と言う人は、民間投資による供給力の増大という側面をすっかり忘れているのです。

――たしかに、そうかも……。

中野 そもそも、あなたが言うように、「いったん財政規律を弛めて、財政赤字の拡大を認めたら、高インフレになっても、政治は、国民が嫌がる歳出削減や増税を決断できない。その結果、ハイパーインフレになるのだ」というのはよく聞かれる議論なんですが、私に言わせれば、この議論は驚くべき「暴論」ですよ。

――どうしてですか?