「バブル」のメカニズムとは?
中野 簡単に言うと、資本主義という経済システムは、本質的に不安定であり、必ずバブルとその崩壊を引き起こすという学説です。この主張は、「市場メカニズムが経済を安定化させる」という主流派経済学に反逆するものでしたから、生前のミンスキーは、ずっと経済学界で異端視されてきました。
また、彼は、1980年代以降に進められた金融市場の自由化に批判的で、このままでは深刻な金融危機を招くと警鐘を鳴らしていました。そして、2008年にサブプライム危機が発生すると、アメリカでにわかにミンスキーの理論に注目が集まりました。今では、多くの著名な経済学者やアナリストがミンスキーを読み直し、その洞察に高い評価を与えているんです。
――リーマン・ショックを予測していたとも言えるわけですね?
中野 そうですね。そして、彼の理論の根底にも、やはり「不確実性」があります。いわば、「不確実性」がバブルを生み出すと洞察したわけです。
――どういうことですか?
中野 誰にも将来のことは確実にはわかりませんよね? だから、景気がよいときには、人々は資産価格が将来上昇するという「楽観」を前提に、より高いリスクをとって、積極的な投資を行うようになります。
一方、銀行は借り手の返済能力を正確に知ることはできませんから、信用創造の制約になるのは、借り手の返済能力に対する銀行の不確実な「主観」だけです。そのため、もし景気拡大期の「楽観」によって、銀行が借り手の返済能力を過度に高く評価してしまう場合、過剰な融資が行われることになるわけです。
その結果、人々はより高いリスクを負って融資を受け、どんどん投資を増やすようになり、経済全体で債務比率がどんどん高まっていくんです。
――なるほど。それが、バブル発生のメカニズムだというわけですね?
中野 ええ。ここで問題なのが「レバレッジ」と呼ばれる投資形態です。たとえば、100万円の投資では、株価が10%上昇すると、10万円の利益が得られます。もし投資家が、500万円の借金をして手元資金を600万円に膨らませるレバレッジをかけると、株価の10%の上昇は、60万円の利益をもたらす計算となります。だから、株価が上昇する可能性が高いのであれば、500万円の借金をして投資をする「レバレッジ」は、確かに経済合理的な判断になります。
――しかし、その結果、債務比率は激増していくことになりますね?
中野 そうです。そして、この「レバレッジ」が経済の脆弱性を生み出すわけです。
――なぜですか?
中野 わずかに資産価格が下落しただけでパニックが生じるメカニズムだからです。たとえば、もし予測が外れて、株価が10%下がったら、レバレッジをかけていた投資家は60万円の損失を被ることになりますね? さらに500万円の借金をしているので、その利息分も含めると、手元に残るのは40万円以下になるわけです。そのため、手元資金を確保する必要に迫られた投資家は、保有している資産を売り始めます。レバレッジの逆の「デレバレッジ」が行われるようになるんです。
――そうか、レバレッジをかけているからこそ、資産価格の下落に過敏に反応してしまうわけですね?
中野 そういうことです。そして、もし景気拡大期が長く続き、多くの投資家がレバレッジをかけていた場合、デレバレッジが市場全体で一斉に始まることになります。その結果、資産価格は暴落し、金融市場はパニックに陥ります。
――バブルの崩壊ですね?
中野 ええ。このように、景気拡大が長期化し、「楽観」が蔓延して、経済全体における負債の比率が高まると、わずかな資産価値の下落であっても、それをきっかけにデレバレッジの悪循環が始まり、金融危機が勃発し、デフレ不況へと必然的に転落していくわけです。
だから、ミンスキーは、資本主義というシステムは、繁栄によって安定化するのではなく、むしろ脆弱化するのであって、好景気が金融危機を高めるのだと結論づけたんです。これが「金融不安定仮説」の骨子です。