ケインズ経済学の有効性を証明している「日本」

中野 たしかに、1970年代にアメリカを襲ったスタグフレーションにケインズ経済学がうまく対応できなかったとみなされて、市場原理主義的な新古典派経済学が主流派として再び台頭するようになり、それが現在まで続いているわけです。そして、ケインズ経済学は「時代遅れ」とみなされるようになったのです。

 だけど、ケインズ経済学が現在も有効であることは明らかです。それを示しているのが、ほかならぬ日本なんです。

――どういうことですか?

中野 ケインズ経済学は、簡単に言うと、景気がよいときには政府支出を減らすことでインフレを抑制(バブルを防止)し、景気が悪いときには政府支出を増やすことでデフレを回避するというものです。ところが、この30年間、日本はケインズ経済学と正反対のことをやり続けてきたんです。

 1980年代後半から90年まではバブルでした。景気がいいから民間はどんどん借金をして、土地や株式に投資しまくった。そして、バブルが崩壊して、1998年からデフレが始まると、民間負債はどんどん減っていったわけです。

――バブル期に過剰に信用創造がされ、デフレになって信用創造が行われなくなったということですね?

中野 そういうことです。では、この間、政府は何をやっていたか? ケインズ経済学では景気がよいときには公共投資を減らすとされているのに、1985年から政府は金利を低めに維持し、かつ公共投資をがんがん増やしたのです。だから、バブルになったのです。

 なぜ、こんなことをやったのか? アメリカの要求なんです。アメリカの対日貿易赤字が膨らんでいたので、日本の内需を拡大して、アメリカ製品の輸入を増やすように要求したのです。その政治的圧力に屈する形で低金利を維持し、かつ公共投資を増やしたために、バブルを引き起こしてしまったわけです。

――そうだったんですね……。

中野 ええ。そして、1991年にバブルが崩壊して、今度はデフレの危機になった。それに対応して、当初、政府は公共投資を増やしたことで、デフレ化するのを食い止めていたんですが、1996年に橋本内閣が成立して以降、財政再建を優先するために、公共投資を減らしたうえに消費税増税をやってしまった。その結果、1998年からデフレに突入したわけです。

 だから、ケインズ経済学に意味がなかったのではなく、その逆で、日本はケインズ経済学とは正反対のことをやったから失敗したんです。それも2度も。こんなことをやれば、どんな国でも「20年」くらい簡単に失われますよ。

――なるほど。日本の失敗が、逆にケインズ経済学の有効性を示しているわけですね?

中野 やはり、現実に起きていることを出発点に構築された経済理論は有効だということでしょう。そういう経済理論を唱えたのはケインズだけではありません。シュンペーターの指導を受けた経済学者で、ポスト・ケインジアンのハイマン・ミンスキーもそうです。ケインズの理論に独自の解釈を施しつつ、資本主義は放置すれば必ず不安定化するという「金融不安定性仮説」を提唱したことで知られる人物です。

――「金融不安定性仮説」とは?