「市場メカニズム」を保つためには、国家の介入が不可欠
中野 そう言うほかないですよね。
それからもうひとつ、ミンスキーは、バブルを抑制するためにも国家(政府)の関与が重要だと指摘しました。彼は、マネー・ゲームが加熱しすぎないように、金融政策を安定的に運営する必要があり、そのためには、金融制度は、革新的であるよりも保守的であるべきで、国家が一定の規制をすべきだと考えたのです。
もちろん、金融市場にはある程度の自動調整機能はあります。好況が長く続き、市場を楽観が支配するようになると、投資が活発になり、資金需要が膨らんでいきますが、もし楽観が過度になり、資金需要が膨らみすぎれば、金利が上昇していくので、資金調達が容易ではなくなり、景気は冷えていくはずだからです。
ところが、実際の世界では、金融機関は新手の金融商品を開発し、資金調達をやりやすくしてしまいます。その結果、資金需要が膨らんでも金利はさほど上がらないという現象が起きるんです。
――なるほど。金融商品のイノベーションが、市場による調整機能を減殺してしまうわけですね?
中野 そうです。実際、経済学者の宮崎義一が『複合不況』で明らかにしたように、1987年のアメリカの金融危機や、90年代初頭の日本のバブル崩壊は、その直前の金融の自由化に原因のひとつがありました。リーマン・ショックのときも、ウォール街が、CDOやCDSやらと、金融工学を駆使した複雑怪奇な新手の金融商品を次々と世に送り出して、世界中にばらまいていました。
ミンスキーは金融の自由化に警鐘を鳴らし続けましたが、それが聞き入れられることはなく、自由に金融商品が開発されたことによって、バブルを発生させていたのです。
――つまり、市場の調整機能を守るためには、国家権力によって金融を適切に規制する必要があるということですね?
中野 そうですね。資本主義を正しく理解すれば、その結論に至るんです。ミンスキーは、師匠のシュンペーターの教えに従って、資本主義の本質は金融にあると考えていました。そして、資本主義の中核である金融は、それが「将来予想」や「期待」といった、はなはだ当てにはならない要素に基づいて動くものである限り、決して安定的には機能しません。それゆえ、ミンスキーは、必然的に不安定化する資本主義を救出するために、国家が介入する必要があると考えたわけです。
一方、主流派経済学は、市場は生産者と消費者の交換を通じて安定化(均衡)すると考えていますが、それはもっぱら「現在の利益」と「現在の支出」の間の取引である実物市場をイメージしているんです。もちろん主流派経済学者も金融市場について論じはしますが、金融商品の交換の際に働く「将来予想」や「期待」といった非合理的な主観の役割を十分に考慮しません。考慮するとしても、確率論的なリスクでごまかしたり、「合理的期待」などという現実にはあり得ない想定を置いたりして、お茶を濁しているのです。
つまり、彼らの理論には、金融という要素が適切に位置づけられていないということです。しかし、金融機能がない、実物だけの市場経済は、資本主義ではありません。逆に言えば、国家が介入しなくても、資本主義は安定へと向かうと考えている主流派経済学者は、「資本主義」と「市場経済」を混同し
ているんです。
――なるほど。つまり、ミンスキーは、資本主義経済の実態を説明できる理論を構築したうえで、危機に対する処方箋まで用意していたんですね?
中野 ええ。私は、ミンスキーをはじめとするポスト・ケインズ派の経済理論が、2008年の世界金融危機以降の経済秩序を再建する上で、最も有力な思想であると思っています。『富国と強兵 地政経済学序説』で、地政学との接続を試みたのも、ポスト・ケインズ派をベースとした経済理論なんです。
――現実に立脚した理論だから、他の学問とも接続可能だと?
中野 そういうことです。そして、MMTは、ケインズやミンスキーらの業績を取り込みながら成立したポスト・ケインズ派の経済理論です。実は、『MMT 現代貨幣
理論入門』の著者である、L・ランダル・レイは、ミンスキーの弟子に当たる人物なんです。
――へぇ、シュンペーター、ミンスキー直系の人物だったんですね。
中野 ええ。
――中野さんは、MMTは地政学など他の学問との接続が可能だと考えているということですね?
中野 はい。だから、『富国と強兵 地政経済学序説』のイントロダクションとしてMMTをもってきたんです。
――なぜ、MMTをイントロに?
中野 MMTが、経済と国家、経済と政治が密接不可分であることを理論的に示しているからです。
――どういうことか、詳しく教えてください。
(次回に続く)
連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/230685
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1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。