『利己的な遺伝子』のリチャード・ドーキンス、
『時間は存在しない』のカルロ・ロヴェッリ、
『ワープする宇宙』のリサ・ランドール、
『EQ』のダニエル・ゴールマン、
『<インターネット>の次に来るもの』のケヴィン・ケリー、
『ブロックチェーン・レボリューション』のドン・タプスコット、
ノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマン、リチャード・セイラー……。
そんな錚々たる研究者・思想家が、読むだけで頭がよくなるような本を書いてくれたら、どんなにいいか。
新刊『天才科学者はこう考える 読むだけで頭がよくなる151の視点』は、まさにそんな夢のような本だ。一流の研究者・思想家しか入会が許されないオンラインサロン「エッジ」の会員151人が「認知能力が上がる科学的概念」というテーマで執筆したエッセイを一冊に詰め込んだ。進化論、素粒子物理学、情報科学、心理学、行動経済学といったあらゆる分野の英知がつまった最高の知的興奮の書に仕上がっている。本書の刊行を記念して、一部を特別に無料で公開する。
マサチューセッツ工科大学の量子機械工学者。著書に『宇宙をプログラムする宇宙─いかにして「計算する宇宙」は複雑な世界を創ったか?』(水谷淳訳、早川書房、2007年)
「強盗に襲われる確率」は
過大評価されがち
不確実性は推論の妨げとなるものである。ただ、不確実性にはある程度、うまく対処できる。対処の仕方さえ知れば、より良い推論が可能になるだろう。また、そういう力を持った人が増えれば、人類すべての進歩にもつながるはずだ(もちろん、これ以外にも身につけておくべき大切な力はいくつもあるだろう)。
不確実性に対処するのに役立つ道具として古くから存在するのが、確率の数学理論である。確率とは、ある出来事がどのくらい「起こりやすいか」を数値で示してくれるものだ。
ただ、出来事の確率を見積もるのが苦手な人は多い。数字、計算に弱いというのも理由かもしれないが、それだけではない。そもそも直感のレベルで、確率を誤って見積もってしまう人が少なくないのだ。
たとえば、めったに経験しないが、経験すると感情を大きく動かされる出来事は、経験する確率を過大評価してしまう。寝ているところを強盗に襲われるような重大事はめったに発生しないのだが、実際より多く起きるように思ってしまう。
反対に、静かに、知らない間に進行するような出来事は、実際より起きる確率を低く見積もることが多い。たとえば、動脈壁に脂肪がゆっくりと蓄積していくというのは誰にでも普通に起きるが、自分には関係がないと思いやすい。また、今こうしている瞬間にも大気には大量の二酸化炭素が排出されているかもしれないが、それについて考えることはあまりない。
人は元来、
確率を理解するのが苦手
今後、出来事の確率を正しく見積もれる人が増えるかと言えば、私の考えは悲観的である。人間は元来、確率を理解するのが非常に苦手な生き物なのだと思う。
ひとつ例をあげてみよう。これは、ロックフェラー大学のジョエル・コーエンによって報告された実話である。ある有名大学の大学院課程への女子の合格率が男子に比べて著しく低いという数値が、大学院生のグループの調査によって明らかになった。データを見る限り、合格率の違いは明確であるように思えた。大学の入試を受けた女子の合格率は、男子の受験者の3分の2にすぎなかったからだ。
大学院生たちは、大学を相手取って裁判を起こした。性別に基づく差別が行われたと訴えたのである。