複数の投資家と並行して資金調達プロセスを行うことの意味

小林:単一の投資家に集中して資金調達プロセスを進めると、何らかの状況変化が起きた際に行き詰まるといった事態に陥りやすいのでしょう。その点、複数の投資家候補を持って進めることが大切なのだと思います。

ただ、前提知識として頭ではそう理解していても、ある一つの投資家から強気なバリュエーションが提示されたら、スタートアップ側としては、その1社に賭けてしまいたくなるものなのでしょうね。「バリュエーションは高ければ高いほうがいい」という考えも理解できますし、冒頭の事例も、こうした状況ではあったのでしょう。

ですが、バリュエーションだけで性急に判断してしまい、他の候補者との対話を遮断してしまうと、こういった不測の事態に際しては脆弱になってしまいます。

朝倉:複数の投資家と話をした中で、1社だけが飛び抜けて高い評価を下してきたとしても、本当にそれが履行されるかどうかはわからないと思ったほうがいいのかもしれません。

実際にあった事例ですが、交渉を進めるに当たって、エクスクルーシブ(単独)での協議を条件とされたスタートアップがあったそうですが、いざ検討が進みだすとどんどん条件が厳しくなり、最終的にその投資家からは資金調達が実現できなかったという話もあります。

結局、また新たに資金調達の検討を始めなければならず、エクスクルーシブの期間中は他の投資家とコンタクトがとれなかったために、無駄に時間をかけてしまったというケースですね。

小林:今回のビジョンファンドの一件により、年頭からマクロ環境の先行きが楽観視できないような状況になってしまいましたが、そういった心理は当然投資家にも影響を及ぼすでしょう。シリコンバレーでは先行きに対して厳しい見立てが支配的なようですね。

不測の事態に備えるためにも、単純にバリュエーションだけで投資家を選定することを避けるべき時機に差し掛かっているのかもしれません。

朝倉:特に、リード投資家ではなく、フォロワーの投資家が非常に高いバリュエーションを設定してきたからといって、そのバリュエーションを前提として資金調達を進めようとすると、その後で苦労することもあります。

小林:実際に、ある投資家から提示されたバリュエーションに、他の投資家は到底ついていけず、交渉を進めていく間に、どんどんバリュエーションが下がっていくといった事例が散見されます。起業家は、バリュエーションに関して、常に客観的な見立てを持つように意識しておいたほうがいいのでしょうね。

朝倉:そうですね。いずれにせよ、なるべく複数の投資家と並行して話を進められるように、ホットラインを保っておくほうがいいということだと思います

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2019/1/24に掲載した内容です。