スタートアップにおけるNDA(秘密保持契約)締結の必要性については賛否両論が見られます。スタートアップのステージごとの違いも踏まえつつ、そもそもNDAは必要なのか、どのような状況ではより必要性が高まるのかについて考えます。
ステージごとに異なるNDA締結の必要性
朝倉祐介(シニフィアン共同代表。以下、朝倉):スタートアップが投資家や取引先などと話すにあたり、NDA締結が必要か否かを巡っては賛否両論あるようです。先日、主にシード・アーリー期のスタートアップに投資するVCであるコーラルキャピタルが発信するメディアで「私たちがNDAにサインしない理由」というポストがあり、一部の起業家や法律家の間で話題になりました。
詳しくは記事を読んでいただければと思いますが、投資家側にとっても、スタートアップ側にとっても、NDAの締結は膨大な手間がかかるからやめた方がいいんじゃないかというのが主旨かと思います。この点、前提としてNDAの必要性は、スタートアップのステージによっても異なるのではないかと思います。
小林賢治(シニフィアン共同代表。以下、小林):シード期の小さい組織のスタートアップにおいては、時間やマネジメント工数といった起業家のリソースが極めて重要な経営上のアセットですよね。NDAによって、不慣れなリーガル面でのやりとりが生じることはビジネス推進力を下げる恐れがあるという考えには、一定の説得力があるように思います。
朝倉:シード期は、創業者を含めた2、3人でプロダクトを作ろうとしているというケースもあるでしょう。NDAの締結先が1社であれば、そんなに手間もかからないのでしょうが、対話先が複数あり、全て異なる内容でのNDA締結を求められ、メンバー1人がずっとNDAと格闘しなければならない状況なのだとしたら、なかなか厳しいでしょうね。
小林:そうですね。起業家のリソースの問題とは別に、シード期ではNDAを結ばないと話せないようなデータがそんなにあるのかという、内容面の問題もあるかもしれません。ごくごく初期のスタートアップであれば、蓄積されたデータもプロダクトの検証結果もなく、アイデアやビジョンや会社の理想像など、ごくごく定性的な情報しか持ち合わせていないということが往々にしてあります。アイデアレベルの話しかないのであれば、わざわざNDAを介する必要もないのではないかというケースも、ままあるでしょうね。
朝倉:C向けのウェブサービスであれば、MAU(Monthly Active User)の推移、流通系であればGMV(Gross Merchandise Value)の推移がどうなっているのかなどを開示しようと思うと、さすがにNDAの締結が必要になると思いますが、シード期のスタートアップには隠す必要があるほどセンシティブな情報がないケースも少なくないですからね。
一方で、スタートアップ側が情報漏洩リスクを懸念する気持ちも理解できます。私自身も零細スタートアップの経営に携わっていた際、あるネット企業の経営者の方に、コア技術に触れる提案説明をしに行ったところ、「NDAは結びません。その範囲で話してください」と言われ、苦労した覚えがあります。自分たちのサービスのコア部分に触れないと、提案も困難になりますからね。
小林:なるほど。事業アイデアそのものをVCに盗まれることはないとしても、VCが似たような事業を展開する競合他社を投資先ポートフォリオとして抱えており、入手した情報をそちらに流してしまうのではないかと懸念するケースもありますね。
朝倉:ここまで主に初期のスタートアップを想定しながらお話していましたが、レイターステージのスタートアップの場合はどうなのかを考えてみましょうか。たとえば、我々シニフィアンが運営するグロースファンド「THE FUND」の出資検討でお会いする企業は、基本的にIPO間近なレイターステージのスタートアップの方々です。このステージになると、本格検討するにあたってNDAがないということは、まずあり得ないですね。
本当に知りたい情報を安心して開示してもらうために、私たちとしてもNDAを締結してもらった方が、安心感があります。そう思うと、やはりアーリー、ミドル、レイターといったステージの違いによって、NDAの必要性は大きく変わるのでしょうね。
小林:シード期とレイター期では、定量情報の重要性が全く異なります。レイターにおいては、実際の数字がわからないと、なかなか本質的な議論にたどりつけないため、必然的にNDAを締結する必然性が増すのだと思います。