武士は食わねど高楊枝

――10年後、刀をどんな会社にしたいですか?

森岡 これは、結構クリアですね。創業のときから変わっていません。やはり、日本人がもっとも体得しなくてはいけない、最強の武器であるマーケティングを、日本社会を中心に世に広めていく会社になりたい。究極はマーケターをつくる会社ですよ。強烈なマーケターをつくる会社になっていたいですね。

究極にはやはり、人です。人をつくり、残したいということです。我々の思想の一番大事なところを引き継いでくれて、新しいものをビルドアップしてくれる若い仲間たちを増やすということ。その人たちがたぶんいるから、きっと続くだろうと思える事業を遺すことができたならば、我々、刀の第一世代たちは笑って逝けると思うんですよ。死ぬ前に、ああ、おもしろい人生、やりがいのある幸せな人生だったなって、我々は思えるんじゃないかなと。

刀は第1にも、第2にも、第3にも、どれだけ自分たちが、大きな価値をつくれるかということを判断の軸にして、そこはブレず、私の目の黒いうちはしっかりと方向を見定めていきたいと思います。目先のものには転ばず、小さいけれど我々の意識は強く、高く、前を向いて歩いていきたいと思います。

あのとき1000万円をもらっていたら、我々は、我々ではいられなかったと思うんですよ。あれは餓死しそうだったあの時にはそれなりの決断でした。泣きそうな目で、なんでですかって私に反論した人もいました。そのぐらいみんな、追いつめられていた。私も不安でしたが、仲間たちはもっと不安だったと思うんです。森岡さんと一緒に旅は続けたいけど、給料がもらえない。まとまりかけてるこの契約が、本当に成立するんだろうか。成立しなかったらどうなるんだろうという、不安があったと思うんですよ。

究極の意思決定って、最後は私の大好きな計算ではないんですよ。むしろ、己の心棒のあり方なんです。価値観によるディシジョンだと思うんです。何のために、我々は我々なのかという。

やはり我々がやりたかったことから、早々に旗を降ろすわけにはいかなかったんですよね。そこは突っぱねてよかった。むしろ必死で頑張ってくれた仲間たちに、あの問いを突っぱねた私を、この二年間で何とか男にしてくださってありがとう、とい言いたいです。

ただ、私の中では、刀としてはまだ何も達成してないと思っています。すべてはこれから。ようやくシードマネーを手に入れて、投資能力を持つことができた。ここから、ようやく我々の本当のゲームが始まります。我々は、まだ何も達成していないベンチャーです。

オフィスも、もうだいぶ手狭なんですよ。この部屋に30人以上入って、2週間に1回、会議をやっていますが、もう、ギュウギュウ詰め。あまりにも手狭すぎるんで、そろそろ新しいオフィスをと思っているのですが……。

大和証券さんが、我々のオフィスの様子を見られて、これだけ売上あげて、利益もあげてるのに、こんなに狭いところでみんな働いてたのかって、ちょっとびっくりされた様子でした。大和証券さんは東京駅の隣の素晴らしいビルに入ってらっしゃるんですけど、そこに、素晴らしいお部屋が空いてると。それを見に行った人間はびっくりしたんです。皇居を見下ろすすごい眺めで、絨毯がフカフカで、角部屋で2方が窓で、バーンと開けている、最高の部屋ですよ。この部屋だったら使っていただいて結構ですと、我々のことを考えてくださり、素晴らしいオファーをくださった。本当にありがたいご配慮です。

でも私の判断は、武士は食わねど高楊枝です。私たちは、私たちであり続けるために、大和さんのご厚意には感謝しながらも、やっぱり分相応なところにオフィスは探したいと思いますと申しました。

その素晴らしいオフィスは大和証券さんのこれまでの壮大な努力の結果で獲得されたものです。にもかかわらず、自分たちの力でこんな素晴らしいオフィスに入れるまで大きくなったと勘違いをする人間が刀に出てくるとダメだと。私はそういうマインドセットを大切にする人間であり、我々の刀はそういう自立を重んじる会社です。そんな話を刀でしたら、みんな理解してくれましたね。

すばらしくきれいなオフィスで仕事をすることが気持ちよい人が大半を占める会社になったときは、危ないと思うんですよ。我々は、いつまでも颯爽としたベンチャー魂っていうのかな、やるべき価値と、自分たちの命と情熱の燃やし方そのもので、やりがいを感じる会社でありたい。まだ何も達成していない我々を突き動かす衝動は、常に挑戦心でありたい。そう思っています。

(※当インタビューは2020年3月に行われたものです)

森岡 毅(もりおか・つよし)

戦略家・マーケター。
高等数学を用いた独自の戦略理論、革新的なアイデアを生み出すノウハウ、マーケティング理論等、一連の暗黙知であったマーケティングノウハウを形式知化し「森岡メソッド」を開発。経営危機にあったUSJに導入し、わずか数年で劇的に経営再建した。1972年生まれ。神戸大学経営学部卒。1996年、P&G入社。日本ヴィダルサスーン、北米パンテーンのブランドマネージャー、ウエラジャパン副代表等を経て2010年にユー・エス・ジェイ入社。革新的なアイデアを次々投入し、窮地にあったUSJをV字回復させる。2012年より同社チーフ・マーケティング・オフィサー、執行役員、マーケティング本部長。2017年にUSJを退社し、マーケティング精鋭集団「刀」を設立。「マーケティングで日本を元気に」という大義の下、丸亀製麺を僅か半年で復活に導き、旧グリーンピア三木(現ネスタリゾート神戸)を経営再建させたほか、西武園ゆうえんちのリニューアルなどいくつものプロジェクトを推進。USJ時代に断念した沖縄テーマパーク構想に再び着手し注目を集める。著書に、『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』(KADOKAWA)、『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方 成功を引き寄せるマーケティング入門』(KADOKAWA)、『確率思考の戦略論 USJでも実証された数学マーケティングの力』(共著、KADOKAWA)、『マーケティングとは「組織革命」である。 個人も会社も劇的に成長する森岡メソッド』(日経BP社)、『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』(ダイヤモンド社)

参考記事
刀の本質はクライシスマネジメント
森岡毅が語る刀起業の真実(2)