欧州で医療従事者のBCG接種の臨床研究開始
接種率98%の日本とは状況が異なる

 このような背景から、BCG接種プログラムを持たないドイツ、オランダ、オーストラリアでは、医療従事者の新型コロナウイルス感染・重症化予防のためにBCG接種を行う臨床研究を開始した。

 この情報はワイドショーでも取り上げられたために、成人に対して誤って皮下注射され、発熱やじんましん、血尿などの健康被害が届いたと聞くが、これは絶対禁止である。BCGは子どもの数に合わせて生産されており、必要な子どもに接種できなくなっては元も子もない。前述のように、日本の事情は欧州諸国とまったく事情が異なることは注意したい。

 実は日本では03~04年にかけて、老人の肺炎予防を目的に、BCG接種の効果についての臨床研究が実施されている。当時、東北大学の老年内科のグループは、高齢者介護施設に入所中で日常生活動作の低下した155名の高齢者を対象に、まずツ反検査を実施して陽性群と陰性群に分け、陰性群の約半数にBCG接種を試みた。

 BCG接種4週間後に再びツ反の判定を行い、その後2年間にわたり肺炎の発症率を追跡調査したのだ。その結果、ツ反が陽転しなかった群では42%に新たな肺炎が発症したが、陽転した群や、もともとツ反陽性群では、それぞれ15%、もしくは13%しか肺炎を発症しなかった。すなわち、BCG接種は免疫反応性の低下した寝たきり高齢者において、肺炎発症の予防効果を有することが明らかにされたのである。

 ただし、この場合の肺炎の原因は新型コロナウイルスではないので、BCG接種が実際にCOVID-19感染症予防に功を奏するかどうかは、欧州のBCG接種の結果を待たなければならない。

 BCG接種は、有効なワクチンや新薬が開発されるまでの”繋ぎ”の対応ではあるが、もし欧州でBCG接種の効果が確かめられれば、今後、BCG接種プログラムを持たない国において、COVID-19感染症予防のために大人に対してBCG接種を行うという可能性はあるだろう。

 一方、日本では現在、BCGの接種率は98%となっているため、引き続き、COVID-19感染症予防の原則は“物理的隔離”と“化学的除去”となる。前者は、いわゆる「3密」を避けることの徹底であり、後者は界面活性剤やアルコールを用いた手洗いや手指衛生である。

 マスクの効果については、厳密な科学的エビデンスは少ないが、無症状の感染者が呼気等に含まれるエアロゾルを介してウイルスを撒き散らすことを防いだり、ウイルスに触ってしまった手指で鼻や口を触ることを避けたりすることで、結果として上気道へのウイルス新入を防ぐことになるだろう。

 また、基本的な健康維持として提唱される快眠・快食、適度な運動は自然免疫を保つ上で極めて重要である。ただし、自然免疫を強化することを謳った便乗商法には気をつけなければならない。

(東北大学副学長、東北大学大学院医学系研究科教授 大隅典子)