在宅ワークも新しい生活様式も
バス運転手とはまったく無縁
新型コロナの感染拡大を受け、世の中は「リモートワーク」や「ステイホーム」が推奨されている。緊急事態宣言が解除されても、感染予防を意識した「新しい生活様式」はある程度定着していくだろう。だがAさんの勤務実態はそんな変化とはまったく無縁。コロナ前も、コロナ後も変わることはない。
Aさんは正社員で、勤務ダイヤは午前5時30分~午後2時、午後3時~午前0時半などのほか、早朝の乗務をこなした後、4時間の休憩をはさんで夕方の乗務をこなす「中休ダイヤ」といわれる形態もある。公休が毎月8日あるうち2日は出勤しているので、休めるのは月6日ほどだ。
Aさんの年収は約400万円。給与所得者の平均年収441万円(国税庁民間給与実態統計調査、2018年の結果)よりやや少ないぐらいの金額だ。しかし過去を振り返れば、バス運転手の年収相場は劇的に下がっている。
バス事業が大阪市直営だったころ、運転手の身分は公務員で、平均年収は約750万円だった。同市は民営化の過程で、大阪シティバスの前身である大阪運輸振興への業務委託を進めており、高収入の公務員ドライバーは一部だったものの、完全民営化によりすべての運転手の給与体系が大阪運輸振興の水準まで切り下げられた。
Aさんはもともと大阪運輸振興の運転手だったので、自身の年収が下がったわけではない。ただ、バス事業の民営化は当時の橋下徹前市長の絶大な人気の下で進められたこともあり、公務員へのバッシングもまたすさまじかった。Aさんは公務員でもないのに、乗客から「公務員のくせに」「運転手がたっかい給料もらいやがって」といった文句を言われたという。
安定した仕事があることは、今回の非常事態で失業したり、補償もないまま休業を強いられたりしている人のことを思えばありがたいことだ。一方、民営化の流れの中で、バス運転手という職業が賃金相場や世間からの評価という点で軽んじられ続けてきたのではないかと考えると、複雑な気持ちになることもある。今になって「社会に欠かせない仕事」と言われても――。
最近、同僚たちと顔を合わせるたびに話題になるのはボーナスのことだという。「(売り上げが減っているので)今年のボーナスは期待できんなと、みんな言うとる。危険手当? そんなもの出えへんよ。橋下さんは赤字や、赤字や言うて民営化したけど、コロナになってわしらがどれだけ大事な仕事をしとるか分かったやろ」とAさんは言う。
Aさんは以前はトラック運転手として働いていた。こちらもエッセンシャルワーカーでありながら、規制緩和政策の下、賃金水準は下落の一途をたどっている。「『外出自粛して買い物はネット通販で』と言うけど、それを運んでるのは誰や、トラック運転手や」と皮肉り、こう続けた。
「トラック運転手も、バス運転手も『山谷ブルース』の心境やで」
山谷ブルースは往年のフォーク歌手、岡林信康によるデビュー曲だ。高度経済成長を支えた山谷地区の日雇い労働者は切り捨てられ、社会から嫌われる――。彼らの悲哀を、岡林はギター片手にこう歌う。
「だけどおれ達いなくなりゃ ビルも ビルも道路も出来ゃしねえ」
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