「出勤しないで」
妻も恐怖で懇願した

 またこの間、意外と減らないのがATM関係の対応だ。会社は盗難や現金輸送だけでなく、出入金の際の故障やレシート装塡(そうてん)といった通常のメンテナンス業務も請け負っており、普段から頻繁に呼び出しがかかるという。緊急事態宣言発令後はさすがに利用者が減るかと思いきや――。

「全然、減っていないんです。行列ができていることも珍しくありません。みんながみんな、本当に緊急の入金や引き出しなのかなとは思ってしまいます」とAさん。

 無人のキャッシュコーナーや金融機関が閉店した後のATMに落とし物がある時も、通報があれば出動しなければいけない。しかし、行ってみたら、ただのゴミだったり、手袋だったりしたことも。「こちらは不特定多数の場所に行けば行くほど感染リスクが高まります。中には翌日店舗が開店してから、(金融機関の職員が)対応しても問題ないケースもあります」。

 Aさんは正社員で年収は500万円ほど。同じく正社員の妻は休業中で、会社からは休業手当も出ている。子どもも休校中。仕事柄とはいえ、あちこち飛び回っているのはAさんだけで、妻からは「できれば出勤しないでほしい。せめて交代勤務とか、出動回数を減らすとか、なにか方法はないの?」と言われるという。

 しかし、会社が不要不急の出動を抑制したり、交代勤務を導入したりといった対策を講じてくれる気配は一切ない。最近も「感染に気を付けて警備の強化をしてください」という通達があっただけだ。Aさんにとって、せめて市民や利用者からの感謝の言葉が支えになっているのだろうか――。

 これに対し、Aさんは「まったくない。少なくとも私は言われたこと、ないです」と苦笑いする。それどころか、ATMの故障対応では、平時と同じく並んでいる人から「まだ直らないのか」「いつまでかかるんだ」とせかされた。個人宅に駆け付けてみたら「室内には入らないでほしい」と拒絶されたり、「入るなら消毒してからにして」と言われたりしたこともあった。

 Aさんは、あらゆる場所に出向かなければならない警備員がウイルスの媒介者として警戒されるのは当然だと思っている。そのうえで、こんなふうにこぼすのだ。「同じエッセンシャルワーカーでも、医療従事者や薬局の販売員の人たちと比べると、私たちの仕事は知られていないのかなと思います。いや、決して感謝の言葉がほしいと言っているわけじゃないですよ……」。

 たしかにバスや電車の運転手、スーパーのレジ係と比べても、私たちが普段警備員の仕事を直接目にする機会は少ない。制服を着てビルの前に立つ姿はイメージできても、医療従事者並みの感染リスクを負いながら、高齢者の安否確認を担っている実態はあまり知られていないのではないか。

 加えて警備員の賃金相場は高くはない。Aさんの年収500万円は業界でもトップクラスである。Aさんは「以前勤めていた別の警備会社では年収300万円台でした。今だって基本給は決して高くありません。毎月60時間は残業をこなしてようやくという感じです」という。