「みんなが頑張ったから」という
抽象論で片づけてしまう恐ろしさ

 それに加えて、筆者がこの手の「勘違い」を放っておくのが危険だと感じるのには、もう1つ大きな理由がある。

 物事がうまく進んだことを、国民性や生活様式、「みんな頑張ったから」といった抽象的な理由で片付けてしまうと、いざ事態が悪化したときにうまく対処ができないからだ。「国民の質が落ちたせい」「昔のやり方がよかった」などの非論理的な思考に囚われ、しまいには「頑張りが足りない」などという根性論に傾倒し、事態を悪化させてしまう可能性がある。

「そんなことがあるわけがない」と思う人もいるかもしれないが、実はこの「事態の悪化」は、日本人の誰にでも目に見える形で進行しきた。よい例が「日本の経済発展」だ。

 突然だが、皆さんは日本がここまでの経済大国になった理由をどう考えているだろうか。「そんなもの、日本の高い技術力に決まっているだろう」という声が聞こえてきそうだ。「日本人労働者が世界一勤勉だからだ」という人もいるだろう。

 だが、残念ながらそれは「コロナを収束させたのは日本人のマジメさだ」というのと同じくらい非科学的で、根拠のないものである。

 一国のGDPに最も大きな影響を与えているのは、技術力や勤勉性という話ではなく「人口」だからだ。戦後、日本では二度のベビーブームで爆発的に人口が増え、先進国の中ではアメリカに次ぐ「人口大国」になった。

『新・観光立国論』(東洋経済新報社)などで知られる元ゴールドマンサックスのアナリスト、デービッド・アトキンソン氏の分析が有名だが、基本的な国民の教育レベル、産業の成熟度などにおいて大きな開きのない先進国のGDPは、人口の大きさときれいに比例している。だから、ドイツの人口を上回って世界で2番目に人口の多い先進国となった日本は、世界第2位の経済大国となったのである。