サラリーマンという生き方はオワコン? ダサい?
ちょっとびっくりして、文句の一つでも言ってやろうかとも思ったが、結局やめた。
忙しくて連絡を忘れてしまうということは私もあるし、それに、私と話を進めるとちょっと時間がかかりそうだから、もう自分たちでどんどん進めてしまうことにしたのかもしれない。組み立てていた企画が途中で頓挫する、流れてしまうなんてこともいくらでもある。
ただ、「好きなことして生きていこう」と豪語する彼が、本当に「好きなことしかやってくれない」人に見えてきてしまって、なんだか興醒めした私は、そっと彼のフォローを外してしまったのだった。
それに限ったことではないが、ここしばらく、なんだかなあ、と思うことが多かった。
「好きなことで生きていく」
「やりたいことやってやろうぜ」
「会社組織に囚われるのではなく、個人の力を磨くべき」
そんな言葉を耳にするたび、心の奥がざらついた。サラリーマンとして会社で求められていることを実行している自分自身を、なんだかバカにされているような気がした。
私自身は、これでも一応誇りを持って会社員をやっていた。自分のやりたいこと・好きなこと・得意なことだけをやって生きていけたらどんなにいいだろうと思い、悩んだこともたくさんあった。なんでこんなに嫌いなことばかりやらされているんだろうと、理不尽に感じることだって一度や二度の騒ぎではない。
人前に出るのが大の苦手なのに100人の前でしゃべらなきゃいけないこともあったし、リーダーなんて死んでもやりたくないと思っていたのに、流れで管理職をやらなくてはいけなくなったこともあった。
自分は特別な人間じゃない。
秀でた才能も何もない。
取り柄なんてないけど、ないならないなりに頑張ってここで役に立とうともがいていた。そういう生き方はそれはそれでかっこいいと私は思っていた。
だから「サラリーマンは古くて、起業するのがかっこいい」みたいな意見を目にするたび、自分の生き方を否定されているみたいな、妙な気持ち悪さがあった。
一生懸命生きるのは間違い?
『あやうく一生懸命生きるところだった』というタイトルを見た瞬間、どきっとした。心臓をギュッと掴まれたような気がした。
(一生懸命生きちゃ、いけないの?)
まさに、「会社組織で一生懸命生きる」ことに固執していたところがあった私にとって、まるで挑戦状を投げつけられたような気持ちだった。
(あなたまで、そんなこと言うの?)
タイトルだけ見たときは、そう反抗したくなった。
なんだよ。なんなんだよ。せっかく頑張ってるのに。必死にやってるのに。
理不尽な社会のなかで戦いながらもそれでも懸命になんとか歯を食いしばって生きているのに、あなたまでも「一生懸命生きるのはバカだ」とのたまうのか。
だから、ちょっと恐々とページをめくり出したのを覚えている。
けれども読んですぐに、それが思い過ごしだったのがわかった。びっくりした。あまりに刺さる言葉ばかりだった。
ああ、これは「好きなことで生きていこう」という今の風潮に疲れた人たちのための本だったんだ、と確信した。
夢中になってページをめくった。全部の言葉にマーカーを引きたいくらいだった。休日の午後に読み始め、トイレに行くのも忘れ、ソファに座ってひたすらに読み続けた。最後のページをめくったときには、カアカアとカラスの鳴き声が聞こえ、外は暗くなっていた。膝はガチガチに固まり、痛くなっていた。
ソファからスッと立ち上がって膝を伸ばし、思い切り深呼吸すると、心のなかに清々しい空気が満ち足りていた。
頑張ってきて、よかった。
一生懸命生きてきて、よかった。
そう強く思えた。
サラリーマンをバカにし、自由な生き方を神格化していた彼のことを思い出した。やっぱり、「好きなことしかやらない」っていうのは、おかしいよ。
「好きなことを仕事にする」というのはもちろん素晴らしいことだと思う。でもそれはイコール「嫌いなことをやらない」「めんどくさいことをやらない」という意味ではない。
そういえば、この本の編集者さんと話したとき、彼がこんなことを言っていたのを思い出した。
『今って、「やりたいことをやろうぜ」という風潮がメジャーになっていると思うんです。大企業で粛々と働いている人が、カッコ悪いみたいな。
でもこの本は、そういう世間の「こうあるべき」という風潮に不安を覚えている人こそ、すごく救われる。仕事だけでなく、生き方や、社会的ステータスとか、誰もが一つは持っている劣等感を感じる部分に対して、「ああ、自分、これでいいんだ」って思わせてくれる本だと思うんです』
その通りだ、と思った。少なくとも、私は救われた。
この本は、なんとか一生懸命やってきた私の人生を肯定してくれた。よく頑張ったね、と背中を撫でてくれた。
そのうえで、「そんなに頑張ってきたんだから、そろそろ、自分の好きに生きてもバチは当たらないんじゃない?」と背中を押してくれる本だったのだ。
人生が変わるきっかけというのはどこでやってくるかはわからない。親友の一言かもしれないし、転職かもしれないし、あるいは映画のワンシーンかもしれない。
ただ、もし今「背中を押してくれる何か」を求めている人がいるのならば、私はそっとこの本を手渡したいと思う。
理不尽な社会のなかで一生懸命生き続けているあなたにこそ、読んでもらいたい本である。
【過去記事はこちらから】
●第1回『「死にたい」と思っていた書店員の私が、人生に病んでいた頃の自分に読ませたい一冊』
●第2回『一冊の本が「SNS中毒」の私を救ってくれた話』