未知の危機のマネジメントの原則は
「悪い想定を採用し、迅速に行動する」
本連載の第1回「緊急事態宣言後の「2週間様子見」が本質的に間違っている理由」でも論じたように、本当に問うべきは、「確信が持てないからといって、常に甘い想定を採用していたらいずれどうなるのか」です。
クライシスマネジメントの意思決定の原則は、“悪い方に転んだときに取り返しのつかない結果になる可能性があり、どちらに転ぶか確信が持てない場合は、より悪い想定を採用し、迅速に行動に移すこと”なのです。
その結果、危機を回避できたときには「大過なくて済んでよかったね。こうした意思決定を続けていれば、次の危機も乗り越えられるね」とその行動を強化していくことが、危機をマネジメントし続けるために必要なことなのです。
実際、ベトナムや台湾といったSARSで過去に痛い目にあった国は、即座に徹底的な対策を打ち出し、封じ込めに成功しました。特に世界一の成功事例といえるベトナムでは、2月に少数の感染者が発生した村を早急に隔離するなど、徹底的な対策を行い、新型コロナウイルスによる死者がいまだにゼロ、感染者も300人台にとどまっています。
こうした政策によって、現在ほかの多くの東南アジア諸国で、いまだに厳しい措置が続いているのとは対象的に、ベトナムの主要都市では移動制限やソーシャルディスタンシングが解除され、日常を取り戻しつつあるのです。こうした極端ともいえる即時の徹底的な対策がウイルスの感染拡大によるダメージを最小化させる最短ルートなのです。
このように考えれば、今後未知のウイルスに対してとるべき行動は、未知のウイルスらしきものが発見された時点で、すべての濃厚接触者やその接触者も含めて隔離して、その周辺地域で広めにロックダウン(外出禁止措置)を徹底的に実施し、他国もそうした地域(国)からの移動や渡航も即座に禁止することが、感染症学的にも、経済的にも最も合理的な方法ということがわかります。
なぜなら、未知のウイルスの定義とは、“どのような特性のウイルスかわからないこと”にあり、そのウイルスの性質によっては、世界中で何百万、何千万人という人が死亡し、経済にも取り返しのつかない甚大なダメージを与える可能性があるためです。今回の新型コロナウイルスよりもさらに厄介なウイルスが現れない保証はありません。より潜伏期間が長く、無症状で多くの人を感染させる可能性があり、湿気や高温に強くさまざまな物質に付着しても長く活性化し続ける性質を持ち、高齢者や基礎疾患のある人に限らず、子どもも含めて一定の割合で死に至らしめるウイルスが猛威を振るう恐れもあるのです。
目の前の事象や事後的な結果論に惑わされることなく、大きなところで間違えないように原理的に考えることが、危機のマネジメントには必要不可欠です。
ただし“現時点では”、新型コロナウイルスに関しては、いずれの国でも20歳以下の人は罹患しても重症化しないことなど確度の高い知見が積み上がってきており、次第に“既知のウイルス”になりつつあります。今後は経済的な理由による命の危機も想定されることから、ウイルスの性質をふまえた、人命と経済バランスのとれた危機のマネジメントが必要になってくるでしょう。
この連載で何度か解説してきた「方法の原理」によれば、目的と状況に応じて方法の有効性は変わります。これは時代や地域を越えて妥当する普遍的な原理です。状況認識が変わってきたならば、有効な方法を変えていく“ブレないしなやかさ”を担保できるのはこうした「原理に基づく危機のマネジメント」(Principle Based Crisis Management)の大きな特性であり、動的に変化する危機のマネジメントに原理が求められる本質的な理由なのです。
(エッセンシャル・マネジメント・スクール代表 西條剛央)