それでも手代木社長が危機感を隠さない理由は、医療を取り巻く環境の変化にある。

 例えば近年ITシステムの発達で患者による医療情報へのアクセスが容易になり、自身で状態を把握したり、健康管理したりする場面が増えてきた。今後もこの傾向はますます高まるだろう。また医療ニーズが高度化し、技術進化やデータ活用によるイノベーションも進んでいる。一方で社会保障費は増大し、医療の価値に厳しい目が向けられている。それらを受けて、「薬だけを提供していたのでは、患者や医療関係者のニーズに応えられない」(手代木社長)という発想はなるほど、説得力がある。

 具体的な動きとしては、医療従事者専用サイトの運営などをするエムスリー(ソニー34%出資)と合弁会社「ストリーム・アイ」を19年10月に設立した。「メーカー×ITサービス業」で双方の強みを持ち寄り、病気予防から診断、治療、服薬、予後まで、医療全体の課題解決に取り組む。また中国大手の「中国平安保険」とも資本業務提携に合意した。同社のAI(人工知能)を駆使したヘルスケアプラットフォームなどを生かし、新たなヘルスケアソリューションを提供する予定。さらなる異業種とのパートナーシップにも意欲的だ。

 本業の“創薬”でも、小児の注意欠陥多動性障害(ADHD)治療アプリを開発中だ。老舗製薬企業が最新のデジタル治療に乗り出す背景には、こちらも、「医薬品さえ提供すればいいのではなくて、患者様がどういう状態になっていただけるか」(手代木社長)というサービス業的な視点がある。

「メーカーがモノを作って、ただ売ればいい」という時代ではない。既存の強みは生かす一方、その強みをテコにして異業種とタッグを組む。こういった傾向は他の製造業にも通じるものだが、これまで国の薬価制度に守られた「お堅い」イメージの製薬業界にあって、塩野義製薬の動きは特異に映る。

2028年のパテントクリフも
新規事業で業績影響を最小限に

 新薬は特許(パテント)で一定期間は守られるが、特許が切れると後発医薬品(ジェネリック医薬品)メーカーが参入し、売り上げは一気に落ち込む。売り上げが大きいほどその落差は大きく、企業業績全体に響く。これを業界用語でパテントクリフ(特許の崖)という。

 塩野義製薬の場合、2028年ごろから前述のエイズ治療薬の特許切れが始まり、何も手を打たなければ業績が大きく落ち込むことは目に見えている。創薬型製薬企業として今後も「モノづくり」の部分はもちろん頑張るが、落ち込みをHaaS関連の新規事業などで補っていこうというのも、塩野義製薬の狙いだ。

「会社の形をうまく変えていかなければ、30年に生き残れないだろう」

 日本製薬団体連合会の会長も兼ねる手代木社長の懸念は、製薬業界全体に通じる懸念でもある。