小野薬品の「1%」主張の根拠は
アステラス製薬のハルナール訴訟?

 ところで本庶氏側の説明通りならば、小野薬品はケースごとに「1%前後」を特許の対価として提案してきた場面が多い。なぜ「1%」が基準となっているのか。

 知的財産に詳しい業界関係者が「小野薬品が根拠の一つにしているのではないか」と推測し、小野薬品の対応に理解も示すのは、知的財産高等裁判所が13年1月に判決を下したハルナール訴訟だ。

 ハルナールとは、旧山之内製薬(05年に藤沢薬品工業と合併してアステラス製薬)が開発した排尿障害治療薬。年間1000億円以上の売り上げを誇るブロックバスターに育った、日本を代表する薬の一つだ。

 訴訟は、研究開発に携わった元研究員が「正当な発明対価を受け取っていない」としてアステラス製薬に10億円の支払いを求めたというもの。判決は、「使用者(企業)による貢献度と比較すると、発明者の貢献度は極めて限定的なものに留まる」とし、アステラス製薬に4400万円(12年4月の一審判決は1億6000万円)の支払いを命じた。

 大事なことは売上高に対する貢献度として、「発明者1%、使用者(企業)99%」と判示されたことだ。理由としてはハルナール開発にあたっての固有の事情を列挙するとともに、「企業による適応症の選定および製品化に向けた関連する技術の開発が、巨額な売上高を獲得するに当たって特に大きな貢献をしている」などと示された。

 以上は職務発明の対価に関する判例だが、小野薬品は社外のアカデミア(本庶氏)による発明にも「1%という目安を準用したのでは」(前出の業界関係者)というわけだ。

「1%判例」に、世の職務発明者たちが納得しているかどうかはさておき、たしかに製薬企業は製品化までの巨額の開発費や開発失敗リスクを背負う。一般的に新薬の製品化成功確率は2万~3万分の1と言われ、非常にシビアな世界だ。製品化後もMR(医薬情報担当者)の営業活動費などがかかり、万が一にも深刻な副作用が発生すれば賠償リスクもある。

 極端な例だが、武田薬品は糖尿病治療薬「アクトス」に起因する膀胱がんを主張する米国製造物責任訴訟で和解費用など3241億円を引当金として計上し、15年3月期決算に上場来初の最終赤字となった。以上のようなことがあるため、企業が発明者に対し、「できるだけ低い対価で抑えておきたい」と考えるのは自然だ。

 また対価に関する契約内容を不利に変更したり契約内容以外の出費をしたりすれば株主への説明責任を伴うし、場合によっては経営陣の責任問題にもなり得る。

 製薬企業に勤める、ある職務発明者は言う。

「発明者が本当に欲しいのはお金ではなくリスペクト。それがないから、発明者が企業を訴える例が絶えないのではないか」

 本庶氏はノーベル賞受賞者であり、世界的に有名なオプジーボ最大の功労者。類まれな産学連携の例だと美談化された経緯もある。これから始まる裁判の行方はさておき、18年11月に提案があったとされる「最大300億円の寄付」のように、小野薬品が何らかの形でリスペクトを示さなければ騒動の収まりがつかないだろう。

 本庶氏が予告した提訴時期は今月中旬。小野薬品は18日が定時株主総会で、株主からこの件に関する質問が集中しそうだ。