民間の銀行だけでなく、中央銀行も時代にそぐわない存在になりつつある。

 第一に、「中央銀行が利下げをすれば設備投資が増え、景気が刺激される」というのは、物的資本の時代の発想だ。

 前述した通り、無形資産投資には多大な資金は不要であり、さらにその担い手であるITデジタル企業は潤沢な資金を持っている。 

 近年、中央銀行が利下げをしても、企業は社債を大量に発行して資金を調達はするものの、増えるのは設備投資ではなく、自社株買いやM&Aであり、株価など資産価格ばかりがかさ上げされていた。

 確かに株高による資産効果で富裕層などの消費は刺激されたかもしれないが、その代償として中央銀行は経済格差を助長している。

アイデアの出し手に所得が集中
資本の出し手は不遇の時代

 ただそれでも、中央銀行は経済格差を広げた「脇役」にすぎない。

 格差拡大の主たる原因の一つが、イノベーションにあることは、ダイヤモンド・オンラインのコラム「経済分析の哲人」(2020月4月8日付『新型ウイルス危機は「所得分配」を変えるゲームチェンジャーか』)で筆者が紹介した仮説である。 

「知識経済」の下でアイデアの出し手に所得が集中しているのである。

 労働分配率が趨勢的に低下しているため、表面的には資本の取り分が増えている。しかし、金利そのものはゼロまで低下しており、資本の出し手にとってはこれほど不遇の時代もない。

 一方でアイデアの出し手であるビジネスの創設者が無形資産の形で資本を提供し、その対価を配当などで受け取っているため、資本分配率が上昇しているのだ。

 資本の原資そのものは、中央銀行の資金供給によって余剰となる一方、アイデアは相変わらず希少だからこそ、株価が信じられないほどの高値を付けているのである。

 しかし、再検討が必要なのは、アイデアがもたらす付加価値の最終的な帰属先である。

 物的資本が生み出す付加価値の帰属先は明白だ。物的資本は、所有権が法律で守られているだけでなく、厳格な占有が可能なため、他者の利用を基本的には排除できる。

 しかし、アイデアについては占有は難しい。確実に占有するためには、秘密にしておくことだが、それでは法的な保護は得られない。また、特許や知的財産権が認められるといっても、どこの国でもそうだが、永遠ではない。

 アイデアの法的保護は社会制度や社会慣行に大きく依存し、それが生み出す付加価値の帰属先は、物的資本のように明白とはいえないのである。