財務余力と投資家コミュニケーションの優先順位
朝倉:ここまで、景気が良いときはどの会社も追い風なのだから投資家コミュニケーションの巧拙が差に出にくいという話をしましたが、反対に、景気が悪いときはどの会社も調達しづらくなるのだから投資家コミュニケーションをしたところで結局同じように苦しいわけですよね。
だとしたら、「投資家コミュニケーションなんぞに貴重な時間かけない方がいいんじゃないか?」という見方をする人もいるんじゃないかと思います。
村上:そうですね。私は、業界・会社によってはその考え方も「あり」だと思っています。例えば、任天堂。彼らのビジネスは、良いときはめちゃくちゃ良いんですよね。具体的には、Wiiが当たったときは、がんがん売れて、儲かりまくる。みんなから賞賛されて資金もものすごい勢いで入ってくる。
反対に、ヒット作が出ないときは全然ダメで、極端に売上が鈍化する。あちこちから批判されて、説明しようにも「売れていない」というファクト以上出せないわけですよね。株価も当然下がる。こういった特性のある任天堂にとっては、極論、投資家とのコミュニケーションはあまりプライオリティが高くないと私は感じています。
もちろん、同社が投資家コミュニケーションに尽力していないというわけではありません。ただ、とにかく良いときにキャッシュを稼ぎ、がっちりと蓄えを作る。悪いときも当然あるから、悪くなっても死なないようにストックしておく。事業特性によっては、こういう割り切り方も必要なのでしょう。
投資家コミュニケーションがうまくいかないと何に一番苦労するかというと、環境・業績が悪いときに資金調達できないことです。だとすると、悪いときにも投資家に頼らずに済む状態をつくっておく、すなわち手元に潤沢に資金を持っておくことによって、投資家コミュニケーションのプライオリティをぐっと下げられます。
私は、任天堂はこういった経営をされていると思っています。このような形で割り切りができる企業、業態であれば、コミュニケーションをある程度軽視してもあまり痛手を被らないというパターンはあると思います。
朝倉:「株主としっかりコミュニケーションをとることは経営者の役目だ」という規範論はさておき、実質的なメリットという意味において、もしも任天堂のような財務体制を築ける会社であればある程度投資家コミュニケーションの優先順位を下げることも可能だということですね。
村上:そうですね。一方で半導体業界ではこの経営は難しいと思います。半導体業界は、良いときには数百億円単位で大きな利益をあげますが、外部環境・業績が悪化すると単年度の赤字でも数百億単位になることがありますから、多少の財務余力があったとしてもカバーしきれません。
そういった業界では、結局は財務戦略や投資家コミュニケーションが重要ということになる。このように、産業全体の動向や特徴を冷静に見極める必要があります。
*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2020/5/6に掲載した内容です。