「起業家」「事業家」「経営者」の違い、あなたはどう考える?――現代のような不透明かつ複雑な低成長時代にこそ、目先の売上・利益の増減に一喜一憂する「PL脳」の代わりに、成長を描いて意思決定する頭の使い方「ファイナンス思考」がビジネスパーソンの武器になる、と強調する元ミクシィ社長の朝倉祐介さんの新刊『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』より、会社の成長ステージ3段階に応じた「経営者の才覚」や「ファイナンスの機能」について、一部オンライン用に改編してご紹介します。
「ファイナンス」というと、何をイメージされますか?外部からお金を集めること、でしょうか?ファイナンスは戦略と同じく定義があいまいなので、ここ改めて、拙著『ファイナンス思考』で定義した内容を確認しておきましょう。
会社の企業価値を最大化するために、
A.事業に必要なお金を外部から最適なバランスと条件で調達し、(外部からの資金調達)
B.既存の事業・資産から最大限にお金を創出し、(資金の創出)
C.築いた資産(お金を含む)を事業構築のための新規投資や株主・債権者への還元に最適に分配し、(資産の最適配分)
D.その経緯の合理性と意思をステークホルダーに説明する(ステークホルダー・コミュニケーション)
という一連の活動
金融業界のプロフェッショナルの方々やアカデミックな観点からすれば、この整理はファイナンスの機能を単純化しすぎているように見えるかもしれません。ですが、ビジネスパーソンの方が自身の業務内容をファイナンスと結びつけて理解し、ファイナンス思考を身につけるという点では、この4点の枠組みの整理でも十分ではないかと、私は思います。
ただし4点のうちでも、「ファイナンス」という言葉を耳にすると、多くの人は「A.外部からの資金調達」のみを想起しがちです。CFO(最高財務責任者)ですら、中には「CFOの仕事とは、お金を調達することだ」と公言するような人もいます。たしかに、事業に必要な資金を外部から調達することは、CFOにとって非常に重要な仕事です。特に、ベンチャーキャピタルから複数回に分けて資金を調達する必要のあるスタートアップなど、先行投資を必要とする会社であれば、「A.外部からの資金調達」は極めて重要な活動です。
自社の製品やサービスが顧客からの支持を得ることができるか、仮説検証を繰り返しながら事業を作る初期段階のスタートアップの場合は売上高が低く、利益を捻出することよりも、将来的なキャッシュフロー最大化のために顧客獲得を優先するのが定石です。そのようなスタートアップにとって、資金を調達できないことは、すなわち、会社の死を意味します。また、事業が確立しきっていない歴史の浅いスタートアップであれば、そもそも「C.資産の最適配分」を検討しようにも、配分すべき資産自体をまだもっていません。こうした背景により、新興企業のCFOなどは「CFOの仕事(ファイナンスの仕事)とは、お金を調達することだ」と全体観を欠いた解釈をしてしまいがちなのでしょう。
しかしながら、資金調達とは、ファイナンスの一側面に過ぎません。自社が抱えるリスクに対応した資本をどれだけ準備するか、今のビジネスからどれだけ資金を創出するか、自社の資産をどのように最適化するか、こうした一連の活動をどのようにステークホルダーに説明するかなど、会社の活動においてファイナンスが果たすべき役割は多岐にわたっています。少なからぬビジネスパーソンが、ファイナンスについて「A.外部からの資金調達」を中心としたテーマと限定して解釈していますが、これは不見識であると言わざるを得ません。
マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏は、「うまくお金を使うことは、それを稼ぐのと同じくらい難しい」と述べたそうですが、よりステージが進んだ会社において、最も重要かつ難しいファイナンスは、「C.資産の最適配分」ではないでしょうか。「B.資金の創出」を通じて稼ぎ出したキャッシュ、あるいは「A.外部からの資金調達」によって得た資金をうまく活用し、より大きな富につなげることが、経営者の腕の見せどころです。古代ローマの劇作家、プラウトゥスが言うように、「金を稼ごうと思ったら、金を使わなければならない」のです。
経営の3段階に応じたファイナンス
会社の成長のステージによっても、創業期、成長期、成熟期といった時期の違いによって、ファイナンスの4側面のうち、重視される活動は異なります。一般的には、会社が成長すればするほど、取り扱う資産も大きくなるため、よりファイナンス思考が必要とされるようになります。
ところで、「経営者」と聞いて、みなさんはどんな人物を思い浮かべるでしょうか。現代人であれば、ソフトバンクの孫正義氏やユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井正氏を多くの人が思い浮かべることでしょう。海外であれば、スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツ氏といったあたりかもしれません。成功した経営者を語るにあたり、作家やメディアは創業者としてのサクセス・ストーリーや天才的な才能、カリスマ性といった側面に光を当て、英雄譚に仕立てることがほとんどです。そのほうが大衆受けするといった事情もあるのでしょう。
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一方で、一口に「経営者」と呼んでも、会社の成長ステージや置かれた状況によって、求められる才覚は大きく異なります。私自身は会社の成長ステージに応じて、「経営者」を以下のように細分化してとらえています。
◆創業期:「起業家」
0から1を生み出す、まったく何もないところからサービスや製品を立ち上げる段階。事業を構想して仲間を集め、アイデアや技術をもとに製品やサービスを開発しながら顧客を獲得し、収益を生むビジネスを立ち上げる。視点はあくまでプロダクトの作り込みが中心。
◆成長期:「事業家」
立ち上がったプロダクトを、継続して利益を創出する規模感の大きい事業にまで仕上げる段階。転がり始めた商売を一人前の完成された事業まで育て上げ、規模の拡大やオペレーションの洗練を図っていく。プロダクトをいかにビジネス化するかがカギ。
◆成熟期:「経営者(狭義)」
自社事業の規模感が10まで育った会社のステージを、100までもっていく段階。「10を100にする」というのは、既存の事業の規模感を10から10倍大きくするという意味ではなく、事業を複線化し、10まで育った事業を10個並行して運営する状態。視点は「個々のプロダクトをいかに育てるか」から、「複数のプロダクトを運営する組織をいかに経営するか」に移る。既存事業の成熟化を踏まえ、新たな事業を創る必要に迫られる点では「0から1を生み出す」のに似た側面もあるが、組織の力と資産を活用するのが創業期とは異なる点。扱う資産が増え、事業ポートフォリオの管理の視点など、よりファイナンス思考が重要になる。
成長ステージの違いによって、「経営者」に求められる才覚が異なるにもかかわらず、えてして私たちは会社のすべての成長ステージを混同して「経営者」とひと括(くく)りにまとめてしまいます。ですが、GE(ゼネラル・エレクトリック)のトーマス・エジソンとジャック・ウェルチ氏、アップルのスティーブ・ジョブズとティム・クック氏では、求められる役割が異なるのは当然なのです。名選手が名監督ではないのと同様、優秀な「起業家」が成熟期の「経営者(狭義)」としても優れているとは限りません。逆もまた然りです。
特に創業社長の場合、創業期の「起業家」としての側面がクローズアップされることが少なくありません。ですが、成功した事業を立ち上げた人物は、優れたアイデアマンであるだけでなく、組織や資産を操る狭義の「経営者」としての才覚を身につけないことには、ただのアイデアマンで終わってしまいます。
職業としての「経営」は、起業のプロセスに比べると非常に地味です。そうしたわかりにくさの問題もあって、日本においてはあまりに経営が軽視されているのではないでしょうか。「経営」は立身出世の末に獲得する地位ではなく、研究開発やマーケティングと同様の、ひとつの職種です。ヒエラルキーではありません。職種としての「経営」を担うためには、相応の素養や知見を身につける必要があります。この点で、特に組織が拡大した後の狭義の「経営者」の役割を担うにあたり、カギとなるのがファイナンス思考です。
「経営者」と聞くと、現場の先頭に立ち、よい製品を作り上げるために、製品開発に没頭するといった人物像を思い浮かべがちです。これもまた、確かにひとつの経営者のあり方です。
一方で、組織が巨大化した大企業において、すべての製品開発やオペレーションを一人で直接見ることはできません。そんなことをしていたら、経営者自身が事業を運営するうえでのボトルネックになってしまいます。組織を効率的に運営するためには、開発や製造、マーケティング、販売といった事業を行ううえでの機能を切り分け、それぞれを得意な人物に委ねる必要があります。組織の力を用いて、より大きな価値を生み出すための仕組み作りこそが重要になってくるのです。
こうした仕組みを作るうえで、会社がもっているヒト、モノ、カネといった有形無形のリソースをいかに最適配分するかが、経営者の腕の見せどころです。この点で、会社が大きくなるにつれて、経営の視点はよりポートフォリオ・マネジメント的な視点に近づいていきます。会社のリソースを有効活用し、より大きな価値を生み出すために、大きな会社であればあるほど、よりファイナンス思考が重要になってくるのです。