世界のトップが集まるアメリカの研究環境

――イギリスのオックスフォード大やケンブリッジ大など、世界には様々な名門大学があると思いますが、アメリカの研究生活にはどのような利点がありますか?

 経済学の分野だとアメリカには格段に多くの研究者が集まっていて、他国と比べると教授陣の層の厚みが明らかに違います。誤解を恐れずに大雑把に言うと、世界中のトップの学生の多くはアメリカの大学で就職することを目指します。アメリカの大学で教授職を得れば、アメリカ国内でセミナーに呼ばれたり、自分の研究論文をホームページにアップして他の研究者に読んでもらったりと、他国よりも目立つことができる環境です。

 大学の仕事について言えば、研究以外の仕事がアメリカでは日本の典型的な大学教員より圧倒的に少ないです。授業量が少なく、センター試験の監督などの雑務もありません。週3時間の授業のほか、授業の準備やテスト作成、大学院生の指導、たまにある教員会議などを除けば、ほとんどの時間を研究に充てることができます。研究に打ち込める環境です。

多くの人にゲーム理論の面白さを知ってもらいたい 

――やや難しいイメージもありますが、一般の人が「ゲーム理論」を身につけることはできますか?

「身につける」というのにはいろいろなレベルがあると思いますが、「ゲーム理論の基本を習得する」のではなく「ゲーム理論の思考法を養う」ということだったら、誰にでもできることだと思います。

『16歳からのはじめてのゲーム理論』は、このことを意識して書きました。入門書として教科書的な体裁をとると、何か問題を提示したら必ずそれに対して答えを用意していなければならないし、その答えを出すための道具立てを本の中で既にしてある必要があります。しかし『16歳からのはじめてのゲーム理論』は教科書ではないので、そういった制約を取っ払えました。そういうわけで、わりと自由に、ゲーム理論の面白さを伝えられる物語を作ることができました。物語の中では「これがゲーム理論の出す答えです」ということを説明することにこだわらず、「いろいろな考えがあって面白い」ということを伝えられる本になったと思います。現実に人と人とが関わりあう場所で人が実際にどう考えるのか、どんな考えがありうるか、を読者が様々な角度から考えることができる本です。

――本書はネズミ親子のストーリー形式であることが、他に類を見ない特徴ですよね。

 そうですね。「ストーリー形式」というアイディアは、もともと田畑さんが持ってきてくださったんでしたよね。といっても、「ストーリー形式にする」というアイディアに賛同したのには確固とした理由があります。僕自身も専門家として情報発信をどうしていくのがいいか、考えていたところがあって、あれも良くないこれも良くない、と悩んでいました。そんなときに田畑さんにこの「ストーリー形式」という企画をいただいて、「これだ!」と思ったんです。ゲーム理論って、結局は人と人がどう関わるか、ということの分析なんですよ。だからそれを伝えるのには、人と人が関わっている様子をそのまま映し出すのが一番効果的で、しっくりくるな、と思ったんです。

――私自身、ゲーム理論に興味を持ちながらも、関連書を手にとっては挫折することを繰り返していたんです。高度に数学的な理論にはついていけないにしても、それでも、「ゲーム理論」をなんとか理解したい、どのような考え方をする学問なのかを知りたいという思いがありました。ゲーム理論が、「社会における意思決定を取り扱う学問」なのであれば、その意思決定のプロセスを体感的に理解できる本、つまりストーリー形式の本があればいい。そんなアイディアを、研究者としての抜群の実績と、読者に飽きさせない文章力を持つ鎌田さんとの出会いで実現することができました。

 いえいえそれは持ち上げすぎです(笑)。でも、ただ物語を書くだけだと、普通の小説になってしまいます。ゲーム理論とのつながりを浮き彫りにしていかなければならない。僕らゲーム理論家は社会を数式にして分析するのですが、この「社会」と「数式」の間は、がちっと結びついていることもあるし、断絶があることもあるし、微妙なつながりがあることもあります。この妙をうまく表現するのは、チャレンジングだけれどやりがいのある仕事だな、と思ったんです。

――本書を執筆する際に気をつけたこと、苦労したこと、はありますか?

 気をつけたことといえば、まず第一に、ゲーム理論の本質を外さないことです。一般向けに本を書くと、いわゆる「一般ウケ」を狙ってありもしないことを書いたり、「ちょっと不正確でも面白ければいい」ということを考えたりしたくもなるものです。そして、物語という形式にしていながら学問的に間違った印象を読者に与えないようにする、というのは骨の折れる作業です。しかし、そこの点は妥協せずに、学問的な裏付けのあることを、読者に分かりやすく伝える、ということを心がけました。

 また、もちろんすべてを網羅することはできませんが、できるだけさまざまな世代・職種・性別の登場人物を出すことにも気を配りました。ゲーム理論の思考法は、社会のいろいろなステージで役に立ちます。誰が学んでも、少しはためになるものです。こういった意味も込めて、できるだけ多くの種類の登場人物を考えました。結果として、タイトルは『16歳からの』となっていて若い人たち向けに見えるかもしれませんが、僕と同世代のビジネスパーソンにも興味を持ってもらえるようにできたと思います。

 執筆は基本的に楽しみながらできました。「伝えたいポイントをどう効果的に物語に落とし込めるか」という今まであまり使ってこなかった脳みそをフル回転させました。苦労したこととして特に覚えているのは、最終章です。最初の原稿を苦労して書き上げて田畑さんに送ったところ、「書き直してください」って言われましたよね(笑)。それで泣きながら全面的に書き直したら、「もう1回ですね」って言われて。あれはつらかった(笑)。でも最終的には、かなりいいモノに仕上がったと思います。

 ゲーム理論として正確な内容を伝えることと、初心者でも理解できる「わかりやすさ」の両立を目指して、アメリカの僕と日本の田畑さんでZoomの打ち合わせも数十時間重ねて、繰り返し原稿に手を入れましたよね。