インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
数学の勉強で、問題が無限にあるように思えて気が遠くなってしまいます
高校数学をやっているのですが、問題が無限にあるように思えて気が遠くなってしまいます……。
同じ問題を繰り返せば(テキストとか問題集とか)できるようになるとよく言われてますが、それが本当なのか信じられないです。そういった言説に対して、なにか説得力があるような記事とか本とかがあれば、教えていただきたいです……。
「知識の3分類」はあらゆる勉強に使える
[読書猿の解答]
数学の勉強をすることは、今後の勉強の「土台」になるのでとてもおすすめです。『独学大全』でも、独学で文献を読んでいくための「言語」の一つとして、数学を扱っています。数学は、ほぼすべての自然科学と大半の社会科学、そしてかなりの人文科学で用いられる、最も成功した人工言語の一つです。
さて、ご質問に回答します。当たり前過ぎてエビデンスが見つからなくて、手こずりましたが、代わりに問題を解くことで何を学んでいるかを簡単に説明してみます。少しは訳が分かったほうが、モチベーションにつながるかもしれないので。
大雑把に図解すると、問題演習に関わる知識は3層構造になっています。
一番下層が個別の問題。一番上が定理や公式など法則的知識。この2つをつなぐのが「どんな場合にどの知識をどう使うか」に関する接続的知識です。
大学受験の場合、入試問題は教育指導要領に定められた範囲に限定されますが、この縛りを受けるのは定理や公式など法則的知識です。範囲以外出題されないからといって法則的知識だけをインプットしても入試問題は解けません。
出題者の立場になって考えると分かりますが、誰もが解ける問題ばかりで構成しては、受験生を選ぶ入試問題になりません。しかし一方では法則的知識には範囲の縛りがあります。したがって「どんな場合にどの知識をどう使うか」の部分でバリエーションをつける必要がある訳です。
法則的知識は抽象度が高く、多くの場合に適用できるものをコンパクトに表現したもので記憶効率が良いです。これに対して「どんな場合にどの知識をどう使うか」の接続的知識は、実際に法則的知識を個別の問題に適用する経験を通じて習得されるので、学習に時間を要します。
もうお分かりになったと思いますが、問題演習で学ぶのは、そして受験勉強で重要となるのは、「どんな場合にどの知識をどう使うか」の接続的知識です。
受験数学だと「青チャート」(チャート式の参考書)3年分で1000ほどの例題があります。無限個ではありませんが(1日5題だと200日で1周できます)、決して少なくはありません。もちろん「どんな場合にどの知識をどう使うか」を抽象化して、パターン数を減らすこともできます。
例えば「ゴールから逆に考える」「0,1などの特定の例で考えてみる」などは、いつも役に立つ訳ではありませんが、様々な問題解決に役立つ戦略です。
ただ、この法則的知識化した接続的知識を実際に使えるようになるには、意識的に問題を解くのに使ってみる経験が必要です。加えて数学が得意でない高校生には、メタ的に考えながら問題を解く作業は、認知負荷が高いかもしれせん。
計算や基本的問題が「手だけで解ける」くらい習熟していると、そちらにあまり認知資源を割かずに済むので、メタ的な戦略に回せる分が増えて、法則的知識化した接続的知識を使いやすくなることもあります。