ザッポスという会社をご存じだろうか。日本には進出していないアメリカのオンライン靴店なのだが、数々の伝説級のサービスとユニークなエピソードで全米、そして日本を含む世界中にファンがいるというかなり変わった会社だ。そしてこのザッポス、サービスも変わっているが、もっと変わっているのがそのマネジメント。ザッポスは世界最大規模のホラクラシー組織である。この10年のザッポスの伝説とマネジメントを自ら全公開したのが注目の『ザッポス伝説2.0 ハピネス・ドリブン・カンパニー』(トニー・シェイ+ザッポス・ファミリー+マーク・ダゴスティーノ 著/本荘修二 監訳/矢羽野薫 訳)である。本稿では、特別に本書から一部公開する。

並んで働くザッポス社員

CEOがみんなと並んで電話をとる最高にクールな光景

by ジョン・クリコリアン カスタマー・ロイヤルティ・チーム(フィグという名前の豚を飼っている。)

 ホリデー・ヘルパーの話をさせてください。私たちはみんな一緒にいると、実感させてくれる伝統行事でもあります。ザッポスは、「彼ら」と「私たち」、上層部と下層部、ピラミッドの頂点と底辺という会社ではありません。そんなものは存在しません。そのことを毎年、あらためて感じる季節です。

 私が2009年に入社したときは、常時採用をしていました。顧客からの電話に対応する人員が足りなかったのです。1年で最も重要な時期は、できるだけ多くの人手が必要でした。カスタマー・ロイヤルティ・チーム以外のすべての社員が、ブラックフライデーから1月末まで、顧客対応のサポートにまわっていました。

 そのような状況も、長年の間に少し前進したようです。今はもう、繁忙期でも全社を挙げての手助けは必要ありません。電話に出るスタッフは十分にいるし、電話の量が増える時期は臨時要員を採用できるようになりました。しかし、トニーと経営陣は、電話オペレーターは私たちが生き続けるための重要な伝統だと考えてきました。私もそう思います。

 社内でどのような仕事をしていても、自分のやっていることが顧客に影響を与える、ということを忘れてはいけません。顧客とのつながりを大切にして、カスタマー・サービスの最前線の感覚を思い出すのです。

 ホリデー・ヘルパーは、カスタマー・ロイヤルティ・チームへの共感を駆り立てることにもつながります。時給で電話応対の仕事をしているスタッフは、ときどき社内で疎外感を覚えるのです。ザッポスはそう感じさせないように努力をしていますが、クリスマスシーズンに社内のあらゆる部署の人が、自分の隣で電話に出ているという光景は、そのような疎外感を確実になくすでしょう。

 社内の技術革新にも役立っています。技術部門の人がホリデー・ヘルパーとして電話に出て、顧客の問題に自ら対応しているときに、システムが遅い、難しい、不便だと気づくと、それを変えて改善しようという気になります。例えば、ザッポスには「高度な交換」と呼ばれる制度があり、以前は複数のプロセスを経ていました。

 社内のある開発者が「高度な交換」を直接、体験して、翌日にはプログラムを修正し、ボタンを1つ押すだけで手続きが完了するようにしました。ボタンを押すとあちらこちらでベルが鳴り、すべての処理が終わります。素晴らしい。

「高度な交換」というのは、商品の交換(普通は同じデザインのサイズ違い)を希望する顧客のために、ちょっとした秘密作戦を実行すること。顧客が私たちと電話で話している間に、元の商品がこちらに返ってくる前に、代わりの商品を発送するんだ。私たちに信頼されているとわかって、顧客は「ワオ!」となるというわけ。

 しかし、ホリデー・ヘルプで最も大切なのは、私たちはみんなで一緒にやっているというメッセージを、会社全体に向けて発信していることです。トニーは毎年必ず、電話が特に多い日にシフトに入ります。例えば、クリスマスの翌日の12月26日は、交換や返品について、靴下に入っていた商品券について、ほかにもさまざまなことについて、ありとあらゆる問い合わせの電話がかかってきます。

 私がホリデー・ヘルプをしたとき、トニーが近くにいて、返金か何かの手続きを手伝ってほしいと頼まれました。顧客を手助けしているCEOを、私が手助けしている……? なんだか変な気分でした。

 私は彼に聞きました。「電話では自己紹介をするんですか? どんなふうに?」

「前は『こんにちは、CEOのトニーです!』と言ってみたけれど、『こんにちは、トニー。靴を交換してほしいの』と言われるだけだった。僕が誰かなんて、気にしていないんだ。だから今は、みんなと同じように名前を名乗るだけだよ」

 ホリデー・ヘルプの伝統を守っても、必ず何かが起きるわけではありません。しかし、ザッポスの人々が地に足を着けて、自分がここにいる理由をあらためて思い出して、会社の原動力に結び付けるでしょう。