オークションの2つの異なる状況
入札者の行動を予測するにあたって、どのような商品が売りに出されているかは重要だ。この点をもう少し詳しく考えるために、ある商品をオークションで買いたい2人の入札者(入札者Aと入札者B)がいる状況を考えよう。2人は自身の入札額と名前を紙に書き、(相手に見られないように)箱に入れる。高い入札額を書いた入札者の勝ちで、自身の入札額を払い、商品をもらう。ここで、2つの異なる状況を考えよう。
1つ目の状況は、入札者Aが商品を見て自分がその商品にいくらの価値を感じるかが分かったとしても、だからと言って入札者Bがいくらの価値を感じているかはてんで分からない、という状況だ。たとえば、自分の消費のためだけに商品を買う場合などがこれに当たるだろう(食品など)。
2つ目の状況は、入札者Aが商品を見て自分がその商品にいくらの価値を感じるかが分かったら、入札者Bがいくらの価値を感じているかが、入札者Aにはある程度想像がつく、という状況だ。
たとえば家のオークションはこれに当たるだろう。家を買うと、後々売ることができる。この時(将来)の売り値は市場が将来どれほどその家を評価するかに依存する。入札者Aが家を内見して「この家は後々高く売れそうだぞ」と思ったら同時に、「ということは、入札者Bもこの家は後々高く売れそうだと思っているだろうから、入札者Bもこの家に高い価値を感じるだろう」と考えるだろう。
この2つの状況のうち、1つ目の状況はウィリアム・ヴィックリーという1996年のノーベル経済学賞受賞者により分析された。2つ目の状況を詳しく分析したのが、ミルグロム氏とウィルソン氏の仕事のうちの、1つだ。
では彼らの分析により、どのようなことが分かったのだろうか。
実は、「オークションに勝つのは悪い知らせ」だということが分かった。この発見にはゲーム理論のエッセンスが隠れている。
たとえば入札者Aがオークションに勝って家を買い取ったとしよう。そうすると、この入札者は何を考えるだろうか。話を簡単にするために、各入札者は将来売る時の値段のみで家の価値を計るとして、考えてみよう。
入札者Aは、こう考えるだろう。
「私が家を買えたのは、入札者Bの入札額の方が私の入札額より低かったからだ。これはなぜだろうか? 入札者Bも私と同じように内見をして家の評価額の予想を立てたはずである。この予想額が、私よりも低かったということではないか。つまり私の予想(将来市場でこの家がどの程度評価されるかについての読み)の方がより楽観的だったということだ。もしかしたらこの家には、私の見逃していた悪い点があるのかもしれない。私の予想より、市場の予想は低いのかもしれない」
読者の中には、「自分の予想がもう1人の入札者の予想と違うからと言って、何をそんなに恐れることがあろうか? 自分の予想を信じれば良い!」と思われる方もいるかもしれない。
しかし、もし入札者が50人いたらどうだろうか。自分がオークションの勝者になるということは、自分以外の49人の予想額はどれも皆、自分の評価額よりも低かったということだろう。それでもなお、「自分の予想を信じる」ことはできるだろうか。
このような考えを元に、では入札者は自分の持っている限られた情報(自分が内見で得た情報)だけをもとに、どのような入札をすべきか? これを数学的に分析したのが、ミルグロムとウィルソンの両氏である。特に、この「悪い知らせ」効果を加味すると、入札額はあらかじめ低く抑えておいた方が良いだろう。
「悪い知らせ」効果のエッセンス
では具体的にはどのような状況でどれくらい低く抑えるべきなのか? さらに、もし入札者が家から感じる価値が、将来の売り値だけではなく入札者個人の好み(たとえば、職場に近いかや、内装が趣味に合っているか、など)も反映していたら、どのような入札がなされるべきだろうか? これらの点を真面目に分析するのは難しい。今年のノーベル賞受賞者2人の功績は、この問題に真っ向から取り組み、答えを見出したことだ。
ちなみにこの「悪い知らせ」効果は、「Winner’s curse(ウィナーズ・カース;勝者の呪い)」と呼ばれる。「勝者の呪い」を理論的に正確に分析するのは専門家に任せるとしても、そのエッセンスは、実は案外日常生活に役立つかもしれない。
エッセンスは、「相手の行動から、新たな情報を推測する」ということだ。オークションの例では、「相手の行動」は「相手は自分より低い入札をした」ことにあたる。「自分はオークションで勝った。ということは、この家にはあまり価値はないのかもしれない」と考えるわけだ。
この考えに沿った思考法は、我々の日常社会で役に立つだろう。たとえば、「業務提携のオファーが受理された。ということは……」と考えたり、「レア商品だと思って仕事そっちのけで買いに走ったらあっさり買えた。ということは……」と考えたり。他にも、「性格が良くて人気だと思っていたあの人に『付き合おう』と言ったらあっさり『いいよ』と言われた。ということは……」などといった状況もあるだろう。色々と身近な例を探してみると、面白いかもしれない。