インターネットの「知の巨人」、読書猿さん。その圧倒的な知識、教養、ユニークな語り口はネットで評判となり、多くのファンを獲得。新刊の『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』には東京大学教授の柳川範之氏「著者の知識が圧倒的」独立研究者の山口周氏「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せるなど、早くも話題になっています。
この連載では、本書の内容を元にしながら「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に著者が回答します。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら

9割の人が知らない「長い古典を最後まで読めない」なら知るべき2つのことPhoto: Adobe Stock

[質問]
「長い古典を最後まで読めない」という相談です

 『カラマーゾフの兄弟』を読書中ですが、正直言って、あまり楽しくないです。読解力や集中力がない自分のせいだと思っているのですが、文面が回りくどくて何が言いたいのかわからない、とも思うのです。

 エンタメ系の小説ばかりを読んできたからか、読書に対して展開や文体などの読んですぐにわかる面白さを求めてしまっており、古典のように、そういう主旨とは違うものを読むと飽きてしまいます。
視野を広げたいし読解力もつけたいと思っているので、難しい小説をどのように読み解くかについて、悩んでいます。

 安直な相談ですが、ご指南いただけると幸いです。

古典はあなたのために書かれていない、けれど

[読書猿の解答]
 こうした場合の私の答えは決まっていて「ご縁がなかったのです。もっとあなたにふさわしい本を手にとって下さい」。ですが、古典についてもう少しだけ言葉を続けましょう。

 これもいつも言うことですが「古典はあなた宛に書かれたものではない」のです。ドストエフスキーはあなたのことを、あなたの読解力、語彙、飽きっぽさ、小説に求めるもの等など、何も知りません。知らないあなたを楽しませようと思えるはずもありません。

 古典を読むとは、言わば他人あてに書かれた私信を盗み見るようなもので、作者にとって想定外の読者として向かい合うことです。ドストエフスキーにとっての読者が持っているはずの知識、好み、我慢強さなど、我々はその多くを持ち合わせないでしょう。そして古典を読む意義もまたそこにあります。
今の自分のままでは「読者」となれないような、自分宛てでない書物を読むことで、今の自分とは少しは違うものになる可能性が開けます。

 あなたのために(ボキャブラリーを調整し、あなたが知らなそうなことはできるかぎり説明し、込み入った話を噛み砕いて)書かれたものは、うまくいけば、あなたを面白がらせ、時には知らなかったことを教えてくれます。でも、それだけです。

 あなたのために書かれたものは、滋養になる場合であっても、あなたを太らせてはくれるが鍛えてはくれません。

 自分のために書かれた訳ではないものを読むとはどういうことか?

 取り付くところが見えない絶壁を、欠落や破綻を補完しつつ、むしろ手がかりにしてよじ登ること。相手を引き寄せるためにかけたロープをたぐりながら、自身をより高く引き上げること。そして最後には、書き手すら気付かなかった宝を掘り出すことなのです。

本当にドストエフスキーを読む意味はある?

 しかしドストエフスキーをほんとに古典として読まなければならないのか、という話もあります。小説なんて楽しんでナンボ、というスタンスで読んでいい。つまらなければ読むのをやめていい訳です。

 もうひとつ、作家のサマセット・モームが勧めるのは飛ばし読みです。つまらないところはどんどん飛ばしていい。あと次の記事の『カラマーゾフの兄弟』についてのモームのコメントも是非お読み下さい。

あなたはおぼえておられるだろうが、わたくしは、第一章で、楽しく思えないような書物は、読んでもむだであるといっておいた。だが、いま『カラマーゾフの兄弟』の話をする段になってみると、わたくしは躊躇を覚える。……
この力づよい、悲劇的な、しかし分量のひどく多い小説は、はたして楽しんでよむことができるかどうか、疑問に思えるからである。……(中略)……。『カラマーゾフの兄弟』は、全体として統一を欠いた書物で、ひじょうに分量が多く、場所によっては冗漫でもある。だが、おわりに近い数章をのぞいて……
この作品は読者の心を強くとらえる。身の毛をよだつほどおそろしい場所があるかと思えば、美しいが上に美しい場面もある。わたくしは、人間の高貴な姿と邪悪な姿が同時にこれほどすばらしくうつし出されている小説を、ほかに知らない。」

 もうひとつトルストイ『戦争と平和』についてのモームのコメントです。
「「わたくしが『戦争と平和』をとりあげるのを躊躇したのは、場所によっては退屈に思えるからである。戦争の場面があまりにもしばしば出てきて、しかもその一つひとつが微に細に入り語られていてうんざりするくらいであり、……
フリーメーソンに加わったピエールの経験は、退屈なことこの上もない。しかし、そうしたところは、とばしてよめばよい。とばしてよんでも、やはりこの小説が偉大な作品であることには少しもかわりがない。」

読書の習慣を身につけることは人生のほとんどすべての不幸からあなたを守る/サマセット・モーム『読書案内-世界文学』

 私の解答は以上ですが、もう一つだけ気がかりなのは「なんでまた『カラマーゾフの兄弟』なの?」というところです。

 おそらくあなたにとって最初のドストエフスキーの作品なのだと思いますが、読書の戦術レベルではなく戦略レベル、とくに選書とそこまでの助走部分があまりうまく行ってない感じがいたします。世界にはもっと様々な本があります。

 あなたにとって善き書物と出会って下さい。それでは。