天才ピカソも「ゼロ」から創作していたわけではない
「独創性」にも、ふまえるべき先立つ型がある例をいくつか挙げたいと思います。
それこそ「独創性」で知られるパブロ・ルイス・ピカソ(スペイン 1881-1973)ですが、画家で美術教師であった父親の指導を受けています。美術学校にも通っています。
デッサンというベーススキルをきっちり築きあげているわけです。14歳くらいのピカソのデッサンを画集で見たことがありますが、それはそれは見事です。
本人いわく「ラファエロのように」描いていたそうです。先行する「型」があったのです。また、有名になってからも他の作家からの影響を貪欲に吸収しました。
美術史家の高階秀爾さんによれば「ピカソほど他人の作品から影響を受けた画家は少ない」そうです(『近代絵画史 増補版(下巻)』中央公論新社)。
ピカソは「破壊することで創造する作家」「自分の生み出したものさえ壊す」とまで表現されますが、なにより先立つものをふまえ、昨日までの自分さえ自らの対比相手として乗り越えを試みたのです。
ここには明らかに思考の型が、とりわけ〈対比という思考法〉があります。
本を読みすぎると「自分の考え」がなくなるのか?
哲学の世界でも、とりわけ「独創性」をもって鳴る人物に、アルトーア・ショーペンハウエル(ドイツ 1788-1860)とフリードリッヒ・ニーチェ(ドイツ 1844-1900)がいます。
彼らはともに、自分の頭で思考することなく本を読みすぎると独創性がなくなるとの趣旨のことを書いています。
ですが、彼ら自身、モーレツに本を読み、自らの思考スタイルを形成した哲学者です。古代ギリシャのプラトン以来の形而上学、理性主義をちゃんと読む。ゼロからの独創ではなく、ふまえるべき思想、対決するべき思想をまず吸収したのです。
理学部数学科に進学した大学生は、フィールズ賞を獲り、自らの名を冠した、それこそ「独創的」な”〇〇の定理”を打ち立てようと夢想するはずです。
哲学科に進んだ私も、私以前にはない「独創的」な学説によって哲学史の教科書に載ることを夢想しました。ですが、そのためにはまず哲学史を学び、先立つ偉大な哲人の言葉を理解することから始めなければなりません。数学も同様でしょう。
(本原稿は、『対比思考──最もシンプルで万能な頭の使い方』からの抜粋・編集したものです)