『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
自分を根本的に変えるにはどうしたら良いのでしょうか
昔、精神的に追い詰められていたとき、私は自分が上手くいかない理由を他者に求めて、親や兄弟、そして言動が荒くなった私に歩み寄ってくれた大切な友人にも暴言を吐いてしまいました。それから少しの間、引きこもってアニメやゲームなどで現実逃避をしました。その結果、引きこもる以前に比べて心に余裕ができた様に思えていました。
実際、他人に暴言を吐いたりあたったりすることは無くなったのですが、本当は過去の自分と何も変われていないような気持ちになるときがあります。理由としては、過去の自分も心に余裕がある時は人と友好的に接することができていたこと。そして、今でも上手くいかないことが続くと「あいつのせいだ」と他罰的な考えが頭をよぎることです。
今の自分はとても恵まれた環境にいるので、心にも余裕があり人にあたるようなことはないです。しかしまた、苦しい環境に移ってしまったら、昔の自分に逆戻りするような気がしてしまいます。どうすれば環境に依った変化ではなく、自分自身を本当に変えることができるのでしょうか。
再び状況が変わったとしても、あなたは大丈夫だと思います
[読書猿の回答]
残念ながらヒトを含む生き物は環境に左右される生き方をやめられません。我々は皆宇宙に浮かぶ泡沫であり、圧倒的な環境の力の前に吹き消されんとする小さな灯火に過ぎません。
できるとすればビーバーがダムをつくるように、自身の力で環境を好ましく作り変えた上で維持すること、つまり環境依存である特性をむしろ活用し環境を介して自身を変え、支えることだけです。
しかしこの話には続きがあります。ビーバーが環境を変える手段はダムをつくることであり、その材料は切り倒した木材ですが、ヒトが影響を受ける環境は物理的なもの以外にもあるからです。
ヒトにとって非物理的な環境をつくる材料のひとつは言葉です。言葉がつくる記憶や物語などは、ヒトを物理的な環境や生理的条件に翻弄されるしかない存在以上のものにします。
「私は○○な人間である」という自己についての物語は、新たな行動や経験を「○○な人間であるからこそ~~したのだ」という形で織り込むことで更新され、強化されます。
こうした物語があるからこそ、そして人々の間で共有されるからこそ、我々は自分や周囲の人の行動を理由付きで理解したり、「あの人なら(○○な人間だから)こんなとき○○するだろう」と予測したりできるようになります。
この物語は、私たちの内側にも記憶の形で保持されますが、周囲の人たちにも同様に保持されます。つまり自己物語は単なる自己内のものではなく、人間関係を通じて自分の周囲にも保存されるのです。これは「周囲の目」という形で自分の行動に影響を与えます。周囲に記憶されたよい自己物語を、我々は「周囲からの信用・信頼」という名前で呼んでいます。これもまた、我々の行動に強い影響を与える非物質的環境です。
私はあなたが、再び過酷な状況に置かれたとしても、以前のように戻るとは思いません。今のあなたは、その時の自分を「あれはなかった、ひどかった」と思い、そうなりたくないと考え、そのための方法すら求めています。つまり「過酷な状況にあってもそれに流されるような自分でありたくない」というのが現在のあなたの自己物語です。
後はこの物語に、これからのあなたの行動や経験を織り込んで更新し強化していくだけです。「過酷な状況にあってもそれに流されるような自分でありたくない」のなら、個々の場面でどう行動すべきなのか、判断がつくでしょう。
いつも理想のとるべき行動ができる訳ではありません。むしろ理想を描けばこそ失敗することができると言えます。その失敗は、ではどうすればよかったか、何ならばできたかをあなたに教える教材となるでしょう。
自分を織り上げるのは、布を織るように、少しずつしか進まない作業の地道な繰り返しです。けれど織り上げるべきものが見えているあなたなら、繰り返ししくじりながらも、織り上げていけるはずです。