『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が10万部を突破! 本書には東京大学教授の柳川範之氏が「著者の知識が圧倒的」、独立研究者の山口周氏も「この本、とても面白いです」と推薦文を寄せ、ビジネスマンから大学生まで多くの人がSNSで勉強法を公開するなど、話題になっています。
この連載では、著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。(イラスト:塩川いづみ)
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
人一倍頑張ってきたのに出世できない
初めまして。30にもなってこんな質問は恥ずかしいのかもしれませんが、私は自分なりに今の仕事を頑張ってきたつもりなのですが、最近苦労が報われないという思いが強くなってきました。
私は学力的な意味で頭があまり良くなく、頭が悪いのなら人一倍仕事を頑張ればいいと打ち込んできました。
しかし、私より仕事の負担が軽い者が昇給したり昇進したりが続いてまして、何故私だけ人一倍苦労しなければならないんだろう、なんで辛い思いをしなければならないんだろうという重みが積み重なり、最近仕事のミスが目立つようになりました。
他人を嫉妬するのは良くないと思ってとにかく人より仕事を打ち込めば…と頑張ってきたのですが…心が折れてしまいました。
どうして私は報われないのでしょうか。
[読書猿の回答]
仕事によって、また組織によって、人事考課の考え方は様々なので、いろんな可能性が想定されるのですが、せっかくのご質問なので、いくつか一般的なことを書いてみます。
組織の中で働いていると、努力し成果を上げて評価されると、その「ごほうび」として昇給や昇進が与えられるように思うときがあります。「ごほうび」を期待して、今はきついこの仕事を頑張ってやり抜こうと動機づけるわけです。
しかし昇給や昇進を決める側、会社をうまく運営したい経営側からみると、違う側面を考えなくてはなりません。「名選手、名監督ならず」というように(あるいはピーターの法則が示すように)、第一線で働いているときに活躍できた人が、管理者になるとイマイチということもあります。かといって功績をあげた人を本人の希望だからといつまでも第一線に置き続けると「あの人が昇進できないなら自分はとても無理だ」と他の人たちのモチベーションがだだ下がりになってしまうこともあります。
つまり誰かを昇進させる事は、必ず功罪があり、しかも周囲や組織全体への影響も考慮に入れなくてはならず、なかなか難しいことです。
ここで人がなぜ会社で働くかを考えてみると、自分一人でやるより複数の人間が違う役割を担い助け合った方がいろいろよいことがあるからです。
この基本に立ち戻って「よい上司」とはどういうものかを考えると、部下にとってその人が上司でいてくれると助かるような人、同じく「よい部下」は上司にとってその人が部下でいてくれて助かる人、となります。
おそらく、あなたは人一倍努力し、組織の中で結構きつい役割を担ってこられたのではないでしょうか。あなたがそうして頑張ることが、あなたの周囲の人たちの負担をいくらか減らし、結果、彼らが他の仕事をできるよう助けてきました。
私が経営者ならば、あなたを昇進させて得られるメリット(すなわちあなたが上司として周囲の人たちをどれくらい助けられるのか)と、そしてあなたを昇進させて失われるメリット(あなたが現にきつい役割を担うことで周囲をどれだけ助けているのか)を比較するでしょう。
あなたが上司となって周囲の人たちをどれくらい助けられるのかは未知数ですが、これを推測するために、次のような自問自答を行うでしょう。
「彼が上司となったとき、わたしはどれだけ助かるか」言い換えれば「私は部下として彼の下で働きたいか?」
仕事内容や組織にもよりますが(つまり世の中には形ばかりの「上司」も多いのですが)、上司とは部下の2倍の仕事をする人ではありません。むしろ部下の力を発揮させ、組織として個人の頑張り以上の成果を上げる人です。
このことは部下の目から見ると分かりやすい。わき目もふらず自分の仕事に没頭するだけの人や、その逆に四六時中部下の行いを監視し続ける人は、部下にとっては働きやすく力を発揮しやすい上司ではないでしょう。
普段見てるか見てないか分からないのに、困ったときに(あるいは困ったことになりかけたときに)さっと手を差し伸べ手短にヒントや助けをくれる人、あるいは功を部下に譲りミスは共にリカバリーしてくれる人なら、自分のカが何倍にもなったと感じて仕事ができるのではないでしょうか。
もしも、あなたより先に昇給・昇進した人たちが、「あなたより楽な仕事をしていた《だけの》人に見える」のだとしたら、私はあなたの下で部下として働くのは大変そうだと思うでしょう。あなたと違うタイプの働き方をする私を、あなたは認めてくれそうにない(それどころかそもそも見てもくれないかも)と思って。
アドバイスになるかどうか分かりませんが、複数の人間が違う役割を担い助け合うという会社の基本に立ち戻れば、自分の仕事が誰をどんなふうに助けているのかも、他の人たちの仕事があなたをどんなふうに助けてくれているかも、そして何故あなたの努力が思うほど上司の目にとまらないのかも、もっとよく理解することができると思います。
なお、上述のとおり、人事考課というものは会社組織の様々な「都合」の混じり合ったものによるので、人間の値打ちには何の関係もありません。念のため申し添えます。