スランプに陥ったときの対処法

──それでもなお身体に鞭を打ち、スランプをかいくぐって、2008年にはオリンピックでのメダル獲得。そして休養。正確にはそれは末續さんの人生にとって最大のスランプだったわけですが、その詳細は本の内容に譲るとして、今振り返ってみて、スランプの時こそ何が一番大事だと思いますか。

末續:スランプにこそ、「過去を振り返る」ことです。

 そもそも人は、過去を振り返ることで目の前の困難を乗り越え、成長していけるものです。ところがスランプの時ほど、僕らはものすごく近視眼的になりがちなんですよ。

 だから、スランプになったら一番良いのは、そこからいったん距離を置くこと。

 人間は置かれている環境によって、気づかないうちに思考が固まってしまいます。同じものばかり見ていると輪郭がぼやけてしまう、あの感覚です。

 スランプの時は環境を変えるのが一番。スランプに陥ると海外に拠点を移すアスリートがいますが、実際に海外で1年ほど暮らすだけであっという間に治ってしまうことが多いです。

 僕に関していうと、いろんなスポーツをやるようにしています。中でも僕にとってサーフィンは最高にいい。陸とは真逆の世界で、かつ自然が相手だから。海の中でぐちゃぐちゃになっている自分がいると、「あぁ俺なんて大したことねぇなぁ」って自分の無力さを感じるし、自然に呑まれながら、いかに陸上の世界の環境が整ったものかも分かります。

 そしてもうひとつ大事だと思うのは、「いろんな人に出会い、多様な感情に触れる」ことです。

 休養中は郷里の熊本で、毎週末知り合いのバーを手伝っていたのですが、それはとても貴重な機会でしたね。

 自分がスランプの時って、メダリストとしてチヤホヤされてきた自分の成功体験が捨てきれていない分、実は自尊心が高まっている時でもあるんです。でも、東京から遠く離れた田舎の小さなバーで、多様な人々の日常や生き様に触れているうちに、「俺、なんであんなに調子に乗ってたんだろう」って思えてきましたから。

末續慎吾

「80対20」の感覚を持つこと

──確かに、そうやって距離を置いたり、多様性に触れたりすると、自分ってまだまだだなという謙虚さや、これしかできないと決めつけていたけど他のことも案外やれるかなという自信にも気付けそうです。少し遠いところから“鳥の目”で自分の過去を振り返り、自身を客観視できる余裕が大事だということですね。

末續:このコロナ禍で、リモートワークとかオンライン授業とか、今まで自分たちが唯一の正解だと思ってきたことが、実は他にも正解があったってことにたくさん気づきましたよね。100%ってないんだなって。

 つまり、どんなに自分はわかっているつもりでいても、それは自分の専門分野だとしてもせいぜい80%程度。残りの20%はまだまだわかっていない。これからますます予測が難しい世界の中で、そういう心の余裕を持つことがすごく大事なんじゃないかなと思います。

 この「80対20」の感覚って、日常の仕事を通じて気づくのは案外難しいかもしれませんが、スポーツだとできる、できないっていうのが身体でわかるからすごくわかりやすいんです。そういう意味でも、広く多くの人たちにスポーツを嗜んでもらえたらと思いますね。