『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』が、発売2ヵ月半で10万部を突破。分厚い788ページ、価格は税込3000円超、著者は正体を明かしていない「読書猿」……発売直後は多くの書店で完売が続出するという、異例づくしのヒットとなった。なぜ、本書はこれほど多くの人をひきつけているのか。この本を推してくれたキーパーソンへのインタビューで、その裏側に迫る。
今回インタビューしたのは、独立研究者・パブリックスピーカーの山口周さん。山口さんは、『独学の技法』著者であり、出版前の段階で「この本、とても面白いです」と本書を評価していた一人。どんな点に魅力を感じたのか、話を聞いた。(取材・構成/樺山美夏)

第1回:残念な「勉強法ホッパー」と「独学を武器にできる人」の決定的な差

【山口周×『独学大全』】「他人にだまされてばかりの人」と「自分の頭で考えられる人」をわけるたった一つの致命的な要素

経済学を独学したら、「ビジネスの未来」が見えてきた

――『独学大全』の第1章は「志を立てる」からはじまって、やる気の源を掘り起こす「学びの動機付けマップ」を紹介しています。ちなみに、山口さんの学びの動機は何でしょうか?

山口周さん(以下、山口) 社会を動かしている権力になんとなく騙されている感じがして、本当のところを暴いてやろうという気持ちがエネルギーになっていますね。目に見えない敵に向かって、ケンカを売ってるようなものですけど(笑)。

 12月に発売された僕の新刊『ビジネスの未来』も、まさにそういう本です。経済成長ありきの社会にずっと疑問を感じていて、当たり前のように「経済成長が大事だ。経済成長を目指そう!」と言っている国や企業にみんな騙されている気がしたんですね。

 そこで、コロナ禍の自粛期間中、仕事が全部キャンセルになった数ヵ月の間に、経済学を学び直しました。マルクス、ケインズ、ピケティ、シュンペーターから、現役の国内外の経済学者の本まで、20冊以上は読んだと思います。

 そしたら、知らなかったことがいろいろわかって、やはり経済成長はどこかで終わらせないといけない、という結論に至りました。経済成長が止まったら止まったで、その枠組みの中でやっていけばいいだけの話なんですよ。

 もちろん、異論反論はあると思いますけど、経済学の本を片っ端から読んでみて、誰一人として経済成長についてロジカルに説明できていないことがわかったんです。経済成長するか、しないかについても、考えが異なる学者たちがバラバラなことを言って言葉で殴り合っている感じです。そこに自分一人が加わったところで何の問題もないな、と思いましたね。

アカデミックスキルが一般向けに網羅されている

――自分が学びたい領域の全体像がわかると、自分の考えを客観視できるわけですね。その繰り返しの中で、自分の意見にも自信が持てるようになれそうです。

山口 そういう意味で、この『独学大全』は、知りたいことを知るためのアカデミックスキルもリサーチテクニックもすべて網羅しているところがすごいです。圧倒的なディティールの量と解説の細やかさに、ある種の凄みさえ感じました。

 本来なら大学や大学院の研究過程で必要とする学びの技法を、完全網羅していますよね。僕が修士課程(大学院の修士、博士は、一応指導教官はいるけれど、ほぼ独学です)で先生から教えてもらった「超ハードコア」なスキルが、一般向けに書かれている。

 僕はもう50代なので、自分の独学の技法は身につけていますが、これから学びたいことがある人はこの本があれば何でも独学できるでしょう。特に日本は、図書館へのアクセスのしやすさが先進国の中でも恵まれていますから、もう怖いものなしですよ。

――山口さんはよく「独学は武器になる」とおっしゃっています。特に、どういう場面で使える武器になるとお考えでしょうか。

山口 新型コロナのようなこともあって、先が読めない時代に、職業が不安定になる一方で、現役で働く期間がますます長くなることを考えると、どんな状況に直面しても対処していかなければいけません。そのためには、理解できることを増やすための学び直しが最大の武器になります。

 大抵のことは、一年くらい時間をかけて勉強すれば理解できますから、独学を続ければ武器も増えて、そのぶん人生の柔軟性も高まっていきます。無人島に放り出されても、魚の釣り方、野菜の食べ方、火の起こし方などの知識があればサバイバルできると思うんですね。それは、知識を道具として持っているだけでなく、適用できるから。それが武器としての学びで、生きる自信につながるのです。

 おそらく読書猿さんも同じだと思いますけど、独学できる人は、「自分で学べる自信があるからこそ学びが成立する」のです。反対に、何か知りたいと思ったとき、学校に通って先生に教えてもらうことが学びだと思っている人は、やはり他人のカリキュラムに頼っている時点で自分からは学んでいないわけです。

 自分が知りたいことを深掘りして何らかの答えを得るためには、人生のどこかのタイミングで自ずと独学にならざるをえません。本当に意味ある学びというのは、自分で選んだり捨てたり、深めたり止めたりしながら、自己プロデュースしないと難しいですから。

「わからない」への感度を磨け

――そもそも、自分が何を学ぶべきかわからない人もいると思います。読書猿さんもこの本で、“目の前の問題がわからないと自分がどこにいるのか、どっちを向いているのかさえわからなくなる”と書いていますが、そういうケースについてはどう思われますか。

山口 それは「わからなさ」に対する感度の問題だと思いますね。自分がわからないことに気がつかなければ、学びは駆動しません。たとえば、世の中には「利回り10%で得するマンション投資をしませんか?」という勧誘に乗って、不動産物件を見に行くこともせずに契約する人がたくさんいます。

 この話だけでも、「なぜ自分のところにマンション投資の話がくるのか?」「なぜ超低金利の今の時代に金利が10%なのか?」「なぜ得するといいながらこの営業マンは買わないのか?」とか、わからないことだらけですよね。

 それでも、よく調べもせずに契約してしまう人は、ボーボー燃えている火の上のフライパンに乗っけられて、こんがり焼かれて食べられてしまいそうになってもまだ平気でいられるくらい、わからないことに対して鈍感になっているわけです。

 これは不動産営業に限らず、政治家、経営者、コンサルタントもそうですし、身近にいる上司や先生、家族に対しても同じです。「この人が言っていることは本当なのか?」とわからないことを疑う感度を磨けば、自然と学びが駆動するはずです。

【山口周×『独学大全』】「他人にだまされてばかりの人」と「自分の頭で考えられる人」をわけるたった一つの致命的な要素山口周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。独立研究者、著作家、パブリックスピーカー。ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科修了。電通、ボストン コンサルティング グループ等で戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。著書に『ニュータイプの時代』『知的戦闘力を高める 独学の技法』(以上、ダイヤモンド社)『ビジネスの未来』(プレジデント社)など。