カタリーナ 「強引な手段で業務続行を強いるのは、どうかと思うわ。会社が退職予定者に、業務続行を要請すること自体は違法ではないけれど、あくまでも本人の自発的な意思に委ねられるべきものだわ」
井上 「はい、これじゃ自分の意思で退職ができなくなってしまいます」
カタリーナ 「ただ、退職日までは労働義務があることを忘れないで。たとえば、明日から仕事を全部放り投げて無断欠勤して、会社に損害を与えるようなことがあれば、債務不履行として損害賠償を求められる可能性もゼロではないわ。あなたはそんな人じゃないと思うけど」
井上 「もちろん、そんな無責任なことをするつもりはありません」
年次有給休暇の買い上げは可能か?

井上 「これまでずっと働き通しだったから、最後にまとめて有給休暇を使いたいのですが、大丈夫でしょうか?」
カタリーナ 「退職が決まっているからといって、会社は年休消化を拒むことはできないから、休みたい日に取得することができるわ。休むことで事業の正常な運営を妨げるような場合に限って、会社に『時季変更権』が認められているけれど、退職の場合は変更のしようもないから取らせてもらえるでしょう。退職前にまとめて使うなら、その前にちゃんと業務の引き継ぎは済ませておきたいわね」
井上 「はい。もし引き継ぎに時間がかかって有給休暇を使いきれない場合、残った日数分をお金でもらうことってできますか?」
カタリーナ 「年次有給休暇は、そもそも心身の疲労を回復させるためのものだから、換金できるとなったら、休みを取らずに働く人も出てくるでしょ?だから、本来は買い上げを認めていないの。ただ退職の場合は別で、例外的に未消化分を買い上げても差し支えないことになっているわ。この取り扱いは会社次第ね。相談してみたらいいわ」
井上 「なるほど。僕はただ、円満に退職したいだけなんです。上司とは長い付き合いもあるから、わかってもらいたかったけれど」
カタリーナ 「だったら、自分で人事部に退職届を提出してみたら?その方がずっと平和的に解決できると思うわよ」
井上 「そうですね、自分のことだし、自分で人事部長に意思を伝えてみます」
カタリーナ 「あなたならできるわ。うまくいくイメージを、いつも心に描くことが成功のコツよ!」
●退職の際は、まず自社の就業規則の規定を確認しましょう。直属の上司に相談して進めるのが一般的ですが、会社の承諾がない場合でも、民法では期間の定めのない雇用契約において、いつでも解約の申し入れをすることができ、解約の申し入れの日から2週間を経過すれば退職できるものとされています(民法第627条第1項)。
●契約社員など期間の定めがあるときは、原則として労使共に契約期間満了前に契約を解約することはできません。やむを得ない事由があるときに限って、契約途中の解約は認められていますが、その事由が当事者一方の過失による場合は、相手方に対して損害賠償の責任を負うものとされています(民法第628条)。この場合も退職と損害の間に相当の因果関係が必要と考えられます。
●賠償予定は禁止されており、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と定められています(労働基準法第16条)。
●労働契約の締結の際に示された労働条件が事実と異なる場合には、労働者は労働契約を即時解除することができるとされています(労働基準法第15条第2項)。
●広告代理店A社元従業員事件(福岡高裁平成28年10月14日判決・労判1155号37頁)労働者Yの希望に反して、Yが、理由の如何を問わず、その後任者が採用され同人に対する引き継ぎが終了するまで退職せずに引き続き会社での業務を行い、これに違反した場合には無条件で多額の損害賠償請求を受けることを容認するという趣旨の誓約書を書かされた事案において、「X社とYとの労働契約は、期間の定めのない労働契約であるところ、労働者からする退職の申出は、退職まで2週間の期間を要するのみであり(民法627条1項)、同規定は強行規定と解される」とし、「これに反するX社の就業規則ないし本件誓約書の効力には疑義がある」として効力を認めていません。
※本稿は一般企業に見られる相談事例を基にしたフィクションです。法律に基づく判断などについては、個々のケースによるため、各労働局など公的機関や専門家にご相談のうえ対応してください。
(社会保険労務士 佐佐木由美子)