「天の声」はストレートに発注先の役所の人間であったり、その意向を聞いてくる「調整役」の人間であったりとさまざまで、時には地元の公共工事の利権を掌握する大物政治家の名前が出ることもある。いずれにせよ、「天の声」に求められるのは「政治力と調整能力」である。
ここまで言えば、筆者が何を言いたいかおわかりだろう。東京オリンピック・パラリンピックという国家の巨額資金も投入される巨大事業には、競技団体やスポンサー企業などさまざまな利権が入り乱れる。当然、みな自分たちの利益を優先しようと思うので、時にはバチバチと火花を散らす。そうなると、紛争を丸くおさめる「天の声」が必要となる。その役割をずっと担ってきたのが、「密室の取引」の達人ともいうべき森喜朗氏だったのではないのか。
談合を必要とする人がいる限り
五輪から「密室の王」は消えない
「バカバカしい妄想だ」と苦笑する方も多いだろうが、「五輪」と「談合」が根っこでは同じだということを象徴するような事件も起きている。昨年6月、東京都府中市で、公共工事の最低制限価格が政治家を通じて漏れるという、官製談合事件があった。では、その工事はどこかというと、東京五輪の自転車ロードレースのスタート前のパレードで使われる道路だった。
関与して逮捕、起訴されたのは市幹部、業者の他、自民党府中市議会議員が2人。政・官・民が手を取り合って「五輪」にまつわる公共工事の官製談合をしていたわけだ。これが「氷山の一角」であることは言うまでもない。
「談合は必要悪」だと考える人が多くいる限り、日本の公共工事から「談合」が決してなくらないように、「密室の取引は必要だ」と考える人が多くいる限り、日本の五輪から「密室の取引」は排除できない。
実際、17日現在の報道によると、組織委員会の新会長は、橋本聖子五輪相で「調整」されているという話だが、もしそうなら密室の王・森氏の「影響」を疑わざるを得ない。
森氏と言えば、「えひめ丸事故の報告を受けてもゴルフを続けていた」とマスコミに叩かれ、支持率が急落し、総理辞任に追い込まれたわけだが、実はそれ以降の方が「キングメーカー」として政界で存在感を増したという経緯もある。つまり、表舞台で失言を繰り返しているより、「裏」に引っ込んで、「天の声」で新会長を操る方が、実力を発揮できるタイプなのだ。
そう考えたとき最も適任なのが、出身派閥・清和研に属し、森氏自身が政界進出を手伝い、「娘みたいなもの」と公言していた橋本聖子氏であることは言うまでもない。
御歳83、「密室の王」の調整力はまだまだ健在のようだ。
(ノンフィクションライター 窪田順生)