災害救助法の適用期間が終了
見捨てられた自主避難者たち

 松本さんが「避難しなくてはならないのでは」と考え始めていた6月、「災害救助法による借り上げ住宅の提供が始まる」という情報が届いた。中学生になっていた子どもと松本さんは、2011年夏から東京の妹のもとに身を寄せた。夫は郡山市に残った。

 松本さんは、8月、神奈川県で災害公営住宅を申請し、10月、川崎市で暮らし始めたのだが、子どもは東京の妹の住まいに留まった。そこで公立中学に通っていたからである。子どもが松本さんと同居できるようになったのは、2013年、子どもが中学3年のときだった。学校に相談した結果、学区外からの電車通学が認められたからだった。松本さん自身は、福島県での職歴を活かして東京で就職していた。

 災害救助法が適用される期間は、当初は2年間、その後は1年ごとの延長があり得るという形だった。2015年に入ると、2016年3月での打ち切りが検討され始めた。松本さん親子の住んでいたアパートの家賃は7万5000円。高校生になっていた子どもの生活と教育を支えながら家賃を支払うことは、就労収入のある松本さんにとっても容易ではない。

 そこで松本さんは、自主避難者たちや支援者たちとともに「避難の協同センター」を設立し、現在も代表世話人を務めている。

 災害救助法に基づく住宅提供は、1年間延長されたが、2017年3月に打ち切られることとなった。松本さんたちは、福島県に働きかけた。創設された補助金制度の当初案は、月あたりの収入が15万8000円以下の世帯に対して月3万円(翌年から2万円)を給付するというものであった。ダブルワークで必死に生活を支えている母親たちの多くは、収入が高すぎて対象外となる。

 そこで再度の働きかけが行われ、補助金の対象となる収入の限度額は21万4000円まで引き上げられた。不十分ではあるけれど、年間36万円(2年目からは24万円)の給付は、自主避難している家庭にとって大きな助けになったという。また神奈川県では、県独自の1万円の上乗せを行った。しかし福島県の補助金は、2019年3月で打ち切りとなった。