「願望」「結果」「行動」の3つを区別する

 では、モチベーションに頼らずに目的を達成するにはどうすればいいのだろう? まずは、「願望」「結果」、そして「行動」のちがいを確認しておこう。

 私は行動デザインのブートキャンプやワークショップで指導するとき、参加者に対して早い段階で、生活に取り入れたいと思っている新たな「行動」はないかと尋ねる。

 すると、こんな答えが返ってくる。

・スクリーンを見ている時間を減らしたい。
・もっとよく眠りたい!
・体脂肪を12パーセント減らしたい。
・息子にもっとおおらかに接したい。
・もっと生産的になりたい。

 私はこう応じる。

「素晴らしい。ではその望みを現実のものにする方法を教えましょう。ただし、みなさんが挙げたのは『行動』ではありません。どれもあなたの『願望』や、あなたが手に入れたいと願う『結果』です

 願望とは、子どもが成績優秀であってほしいといった抽象的な望みを意味する。結果とは、より具体的で、2学期にオール5を取るというようなことだ。行動デザインに取りかかるには、どちらも優れた出発点になる。だが願望も結果も、行動ではない。

 行動を、願望や結果と区別する簡単な方法を紹介しよう。

 行動はいますぐに、またはある特定のタイミングで着手できることを指す。

 スマートフォンの電源を切る。ニンジンを食べる。教科書を開いて5ページ読む。これらはあるタイミングで実際に着手できる行動である。

 これに対して願望や結果はそうはいかない。急によく眠れるようにはならないし、今日の夕食時に体重を5キロ落とすことはできない。願望と結果は、適切な具体的行動に着手し、時間をかけて初めて獲得できるものだ。

 そこで私はあることに気づいた。たいていの人は具体的な行動という切り口から物事を考えるのが苦手で、その傾向のせいで足をすくわれることが多いのだ。

必要なのは「具体的な行動」を示すこと

 私は、ある大手銀行と貯蓄の取り組みについて検討したことがある。目的は銀行の顧客に対して、緊急時の金銭的な備えとして500ドルを確保するよううながすことだった。

 銀行はホームページに記事や専門家の見解、統計データを掲載し、緊急時の備えがなければ、タイヤがパンクしたときやトイレが詰まって修理が必要になったとき、家計が苦しくなると呼びかけた。

「では、顧客にどんな行動を取るよう求めているのですか?」と私は尋ねた。

「緊急事態に備えて500ドルを貯金するように求めています」とプロジェクトリーダーは答えた。

 高度な教育を受け、知的で優秀なプロジェクトのメンバーたちにとって、それはかなり具体的な回答だったようだ。だが、彼らが語っているのは結果であって行動ではない。

 私はこの点をはっきりさせたくて、おどけてこう挑んだ。

「ではみなさん、いまここで500ドル貯金してください」

 一同は私の「行動」の定義を思い出して笑い、理解してくれた。

 そこで先に進み、緊急用の資金づくりのために顧客ができる具体的な行動を特定することにした。私たちが考えた例をいくつか紹介しよう。

・ケーブルテレビ会社に電話して、契約を必要最低限に減らす。

・毎晩、ポケットの小銭を緊急時貯金の瓶に入れる。

・ガレージセールを行い、売上げをすべて緊急時用の貯金にまわす。

 こうして私たちは30以上の具体的な行動を列挙した。優劣はあるにしても、いずれも銀行の顧客が貯蓄という結果を得るための具体策として役立ちそうだった。

 銀行のプロフェッショナルたちは、自分たちのパズルに欠けているピースはモチベーションではないと気づいた。必要なのは、簡単で効果的、かつ具体的な行動を顧客に提示することだ。

 ホームページでは、「なぜ」ではなく、「方法(どのように)」に焦点を合わせるべきだと彼らは学んだ。

 医療提供者も同じように視点を移さなくてはならない。私たちは病院に行くと、担当医からいろいろな指示を受ける。しかし、食生活を改善してもっと運動するようにと言われても、たいていは「食生活の改善」をどうやって実行すべきかがわからない。

(本原稿は『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』(BJ・フォッグ著、須川綾子訳)からの抜粋です)

BJ・フォッグ(BJ Fogg, PhD)
スタンフォード大学行動デザイン研究所創設者兼所長
行動科学者
大学で教鞭をとるかたわら、シリコンバレーのイノベーターに「人間行動の仕組み」を説き、その内容はプロダクト開発に生かされている。タイニー・ハビット・アカデミー主宰。コンピュータが人間行動に与える影響についての実験研究でマッコービー賞受賞。フォーチュン誌「知るべき新たな指導者(グル)10人」選出。スタンフォード大学での講座では、行動科学の実践により10週間で2400万人以上がユーザーとなるアプリを開発、リーンスタートアップの先駆けとして大きな話題になった。教え子からインスタグラム共同創設者など多数の起業家を輩出、シリコンバレーに大きな影響を与えている。『習慣超大全──スタンフォード行動デザイン研究所の自分を変える方法』はニューヨークタイムズ・ベストセラーとなり、世界20ヵ国で刊行が進んでいる。

須川綾子(すがわ・あやこ)
翻訳家
東京外国語大学英米語学科卒業。訳書に『EA ハーバード流こころのマネジメント』『人と企業はどこで間違えるのか?』(ともにダイヤモンド社)、『綻びゆくアメリカ』『退屈すれば脳はひらめく』(ともにNHK出版)、『子どもは40000回質問する』(光文社)、『戦略にこそ「戦略」が必要だ』(日本経済新聞出版社)などがある。