お金は、確実にお金を生むように投資に回さなくてはならない
林教授 ちょっと心配だなあ。念のために一つ質問しよう。利益剰余金のことを会計では内部留保とか留保利益というね。ところが、テレビを見ていると「内部留保を従業員に分配せよ」と発言するコメンテーターがいる。彼らの発言を君はどう思うかな?
田端 それは……わかりました。利益剰余金は資産の増加分だけど、いつも利益剰余金に見合う現金があるとは限らない。なぜなら、回収されたお金はいつも会社の中を循環しているから。違いますか?
林教授 正解だ。お金を流れで考えないと貸借対照表は理解できないんだ。では、もう一歩踏み込んでみよう。君はROIC(投下資本利益率)を知っているかね。
田端 会社の資産がどれだけの利益をあげているかを測定する指標ですね。
林教授 そうだね。事業活動のために投じたお金が、どれだけ利益を生み出したかを示す指標ということもできる。このROICだが、3月10日付の日本経済新聞にこんな記事が載っていた。丸紅の話だ。
「かつては投資をすることが目的化しており、営業主導の計画となってしまったり、十分なデューデリジェンスが行われていなかったりしていた」
林教授 会社の取締役会では常に投資が話題になる。預金は利益を生まない。だから投資せよ、とね。事前の十分な調査もせず、何がなんでも投資することが当たり前と思っている。多くの経営者のレベルはこの程度なんだ。だが丸紅はそれが間違いだと気づいたんだ。
「従来のように、稼ぎがあろうとなかろうと、まず投資ありきという方針との決別を鮮明にした。計画が走り出す前からこうした問題意識を抱きつつあり、それが布石となって足元のROIC改善につながっている」(3月10日付日本経済新聞)
カノン お金は、確実にお金を生むように投資に回さなくてはならない、ということでしょうか。
林教授 その通り。有効にお金を運用して資産を増やしたかは、資産に対する利益剰余金の増加額(当期純利益)を見ればわかる。これがROICだ。
田端 貸借対照表がバランスする理由がわからないと、繋がらないのですね。風が吹くと桶屋が儲かるみたいですけど、風が吹くことと桶屋の商売のつながりを理解することが大切なんだ。『会計の教室』は奥が深いんですね。カノンに言った言葉は撤回します。
林教授 君は会計の専門家を目指しているのだから、暗記に走った勉強は避けるべきだ。せっかくだから、次回は「キャッシュなき利益」について考えてみよう。
田端 なんですか、それ?
林教授 2月26日付の日本経済新聞に、「日立建機の営業利益が三期続けて営業キャッシュフローを上回っていた」というニュースが載っていた。つまり、営業利益がお金を生み出していなかったんだ。特に19年3月期は、当期利益1027億円に対して営業キャッシュフローはマイナス237億円だった。なぜ、こんなことが起きたのかね? 次回はこれを「水路の図」とキャッシュコンバージョンサイクル理論で解明しよう。
カノン ワクワクしちゃいます!
田端 次回のレクチャーに、ボクも参加していいでしょうか?
林教授 もちろん構わない。なんなら上野君も誘ったらどうかな。会計がもっと好きになると思うね。
公認会計士、税理士
元明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授
LEC会計大学院 客員教授
1974年中央大学商学部会計学科卒。同年公認会計士二次試験合格。外資系会計事務所、大手監査法人を経て1987年独立。以後、30年以上にわたり、国内外200社以上の企業に対して、管理会計システムの設計導入コンサルティング等を実施。2006年、LEC会計大学院 教授。2015年明治大学専門職大学院 会計専門職研究科 特任教授に就任。著書に、『餃子屋と高級フレンチでは、どちらが儲かるか?』『美容院と1000円カットでは、どちらが儲かるか?』『コハダは大トロより、なぜ儲かるのか?』『新版わかる! 管理会計』(以上、ダイヤモンド社)、『ドラッカーと会計の話をしよう』(KADOKAWA/中経出版)、『ドラッカーと生産性の話をしよう』(KADOKAWA)、『正しい家計管理』(WAVE出版)などがある。