しかし、このような「熱狂ぶり」とは裏腹に、厳しい数値もある。昨秋、中国国内の行政部門の一つである民政部は、介護施設の現状を公表した。これによると、現在、中国国内の介護施設の総数は約4.2万カ所、429万床。これに対して、214.6万人が入居しているという。全国の平均入居率は50%。

 また、北京大学人口研究所の調査によると、北京にある介護施設のうち約半数は、入居率が50%に届いておらず、入居率100%の施設はわずか49カ所だという。そのほか、黒字の施設の割合が4%、深刻な赤字の施設は30.7%と、3割超に上ることも分かった。

中国の介護を取り巻く
三つの深刻な問題

 最近、中国の介護業界では、安徽省の地方都市に住む、ある50代男性の体験が話題となった。

 男性の父親が介護施設で亡くなった。父親は87歳。軽度の認知症で介護が必要な状態だった。男性は父の生前、施設を訪れた際に衝撃的な光景を目にしている。

 車いすやベッドから勝手に落ちたりしないように、父親が縄で拘束されていたのだ。縄は横断幕用だった布を再利用して作ったもので、危険な状態だった。案の定、ベッドから床に転がり落ちた際、その縄が首に絡んで窒息し死亡したという。これまでスタッフが頻繁に様子を見に来ていたが、その日はたまたま別の入居者の対応に時間がかかって、戻ってきたときにはもう手遅れだった。

 男性は、介護スタッフの人手が少ないことと、転倒などの事故が発生するリスクを避けるためにやむを得ないことだと思って、その状態をずっと黙認していた。男性は、「施設はなぜ専用のベルトを買わなかったのか?本当に悔やまれる……」と落胆した様子でマスコミの取材に応じた。

 この事例は、まさに今の中国の介護を象徴したものといえる。具体的には、以下の三つの深刻な問題が映し出されている。

 まずは、介護にかかる「金」の問題だ。

 中国は、日本の介護保険のような社会保障制度が完備されていないため、施設への入居費など、介護にかかる費用は全額自己負担となっている。最も人口が多い中間層を例にとっても、高齢者本人の年金だけでは足りず、家族の援助が不可欠だ。そのため、できるかぎり入居費を抑えたいので、多床室を選ぶ。結果、最低限の衣食住の環境で、自由も少なく、いわば「生きているだけ」の生活を強いられていることが少なくないのだ。一方で、施設の運営側は赤字にならないように、備品購入費や人件費など、最大限コストを抑えようとする。