HR業界を中心に広く話題を集めている書籍『エンゲージメントカンパニー』(広瀬元義著)から特別にエッセンスを紹介していく連載、ついに最終回です。「アンリ・ジャール」という架空のワイン好き人物が、22人の多様な経営者たちを生徒として講義を行いながら、これからの企業に必要となる人材開発のメソッドを伝えていく。物語形式を中心に進むためとても読みやすく、にもかかわらずこれからの人材開発に必要な考え方が理解できると好評な本書から、最終回の今回は最終的な目標である「エンゲージメントカンパニー」を実現するための、最後のヒントをお伝えします。
ビジョンがみんなを引きつけるエネルギー
講義の最終日、アンリ・ジャールは長靴にエプロンという魚屋の恰好で、大きなサーモンのぬいぐるみまで抱えて教室に入ってきた。そして威勢のよい掛け声とともに、22人の生徒たちに向かって、そのぬいぐるみを放り投げた。「アラスカまで飛んでいけっ!」。この日は、魚を空に飛ばして世界一有名になったシアトルの魚屋を題材に講義が始まった。どん底まで落ちてしまった魚屋が、いかに復活を遂げたのか。そこにはエンゲージメントカンパニーを実現する大きなヒントが隠されていた。
アメリカの西海岸・シアトルといえば、マイクロソフトやAmazon、コストコ、スターバックスなど、巨大企業が生まれる街として有名だ。そして随一の観光スポットとして人気なのは、スターバックス1号店もあるパイク・プレイス・マーケット。アメリカの公設市場として最も長い歴史を持つこのマーケットのなかに、アンリ・ジャールが講義で語る魚屋、パイク・プレイス・フィッシュ・マーケットがある。今ではマーケットの顔、世界一有名な魚屋といわれる店だが、最初からそうだったわけではない。実はこの成功の陰にはこれまでの経営をゼロから見直すマネジメント手法があったのだ。
オーナーである日系アメリカ人のジョン・ヨコヤマは、この魚屋を買い取ってから20年、ほとんど休むことなく働いていた。にもかかわらず、経営は上手くいかず、もともとの怒りっぽい性分もあり、いつも周りを怒鳴りつけていたという。そのため従業員は次第にヨコヤマのもとを去って行っていった。活気のない店には客も寄りつかない。そしてある時、ヨコヤマは取引に失敗して大損をし、店は倒産直前まで追い込まれてしまった。そんな時に出会ったのが、ビジネスコンサルタントだ。初めは高額なコンサルタント料に怒りと疑念を持っていたヨコヤマだが、「1カ月でクビにしてもいい」という条件で提案を受け入れてみることに。これが、すべてを変えるきっかけとなっていった。
コンサルタントのジムが最初に提案したのは、「従業員をサポートし、権限を与えるボスになる」というもの。そして、会社を変えていくためにはビジョンがなくてはならないと、従業員たちに意見を求めた。そのなかで出てきたのが、「世界的に有名な魚屋になる」というものだ。
仕事を楽しもう、面白くしようという従業員のアイデアから魚を投げるパフォーマンスが生まれ、観光客が集まるようになり、テレビや映画への出演へとつながっていった。ギネスブックにも掲載され、アメリカで一番楽しい職場としてCNNに取材されるまでに変わっていった。そして、劇的な変化をもたらしたこの経営手法は「フィッシュ哲学」と呼ばれ、教育ビデオまでつくられた。そしてなんと、世界39カ国で翻訳され、600万本以上売り上げる大ベストセラーとなったのだ。ヨコヤマへのセミナー依頼も増え、なかには世界的な大企業からのオファーもあるという。
フィッシュ哲学は以下の4つの行動原則で構成されている。
・「遊ぶ」:従業員が仕事を楽しめる要素を入れる
・「楽しませる」:顧客が満足できるよう、楽しい雰囲気で対応する
・「注意を向ける」: 顧客や同僚など、必要としてくれる人にしっかりと向き合う
・「態度を選ぶ」:常に前向きな気持ちで仕事に取り組む
これらに則って自分たちが自ら仕事を楽しみ、それによって生産性を高めていくというものだ。この行動原則にビジョンが加わることが重要。ビジョンは働く人たちのエネルギーになり、さまざまなことが実現できるようになると、アンリ・ジャールは語る。
目標が評価のためになってしまっていないか?
次にアンリ・ジャールは、誰もが知っているイソップ寓話「ウサギとカメ」の話に触れ始めた。俊足のウサギが油断をしたばかりにのろまなカメにかけっこで負けるという、有名な話だ。アンリ・ジャールは言った。「みなさんは、なぜウサギがカメに負けたのかわかりますか?それは、ウサギはカメを見て、カメはゴールを見たからです」。周囲や曖昧な目標と比べていては、結果を出すことはできない。達成するには明確な数字目標が必須となるのだ。そしてそれは具体的であるほど成果につながりやすいという。
従業員のパフォーマンスを高めるにはゴールとなる目標を設定することが重要。ただし、どう目標を設定し評価するかということに注意しなくてはならない。目標の達成度だけですべて評価されてしまうような仕組みだったら、従業員はクリアできる目標にしか取り組まず、新たなものには挑戦しなくなってしまう。結果や売り上げ、利益率、勝敗に執着しすぎず、プロセスにも目を向けて評価する必要があるということである。これはグーグルやフェイスブックなども取り入れている目標管理の方法で、OKR(Objectives and Key Results)と呼ばれている。
OKRでは、数字を評価に結びつけてはならない。目標はあくまでもチャレンジすべきものであり、授業員のスキルアップや経験値の積み重ね、新たな才能を見つけるものなのだ。アンリ・ジャールは「もしも数字で評価してしまったら、その瞬間に目標値は下がっていくでしょう」と続けた。
従業員と強い絆で結ばれている
「エンゲージメントカンパニー」
強い企業、強いチームには、エンゲージメントが欠かせない。従業員同士はもちろん、従業員と会社が互いに信頼し合い強い絆で結ばれていなくてはならないのだ。エンゲージメントが高い会社では従業員は会社のことを考えて主体的かつ積極的に仕事をこなし、会社は従業員が困っていたら常に手を差し伸べる。こうしたエンゲージメントカンパニーといえる状態を築くために必要となるものについてもアンリ・ジャールは触れている。