HR業界を中心に広く話題を集めている書籍『エンゲージメントカンパニー』(広瀬元義著)から特別にエッセンスを紹介していく連載第3回です。「アンリ・ジャール」という架空のワイン好き人物が、22人の多様な経営者たちを生徒として講義を行いながら、これからの企業に必要となる人材開発のメソッドを伝えていく。物語形式を中心に進むためとても読みやすく、にもかかわらずこれからの人材開発に必要な考え方が理解できると好評な本書から、今回は人材を即戦力化する手法「オンボーディング」についてのポイント抜粋です。

新入社員が即戦力化する「オンボーディング」の秘訣

入社初日に新入社員を放置していないか?

 神父の出で立ちで授業に現れたアンリ・ジャールは、生徒たちに向かっておごそかにこう言った。「従業員の入社は、会社と結婚することと同じです」。さらにこう続けた。「1年で、あなたの会社は何人の従業員と結婚しましたか?そして何人が去っていきましたか?その人たちの顔を思い出すことはできますか?」。離婚しようと思って結婚する人はいない。同じように、初めから辞めることを前提に入社してくる人もいないだろう。しかし、採用してもすぐに辞めてしまうことが、当たり前になってしまっている企業は多いのかもしれない。

 昔、日本の企業では、新人はお下がりのパソコンを与えられ、先輩たちの雑用をこなすのが慣習で、入社初日からぞんざいに扱われてしまうことも多かったのではないだろうか。努力して成果を上げるだけではなく、ある程度の時間が過ぎないと一人前として扱われない。しかし、今の時代はそんな考え自体を切り替えるべきと、アンリ・ジャールは言う。

「ランチの時間までこの入社案内を読んでおいて」。こんな風に、せっかくやる気を持って入社したにもかかわらず、初日から放っておかれるケースは多い。新卒であっても中途入社であっても、第一印象で感じてしまった居心地の悪さは、その後に大きく影響してしまう。だからこそ、新たな環境でも不安や居心地の悪さを感じないよう、新人は孤独にさせてはいけないのだ。

「忙しくて新人の相手をしている時間なんてない」。入社日によく聞かれるフレーズだ。これは忙しいことが問題なのではなく、そういう日を入社日にした会社側のミスと言えるだろう。「経営陣や上司、チームメンバーなど、会社全体ができるだけ揃って歓迎できるような日を選ぶべきで、それができないということは、会社に従業員を大切にする文化がないということ」と、アンリ・ジャールは語る。では、入社日として設定してはいけない日はいつなのか?月末や給与計算の日など、企業や業種によって多少異なるだろうが、もっとも避けるべきは月曜日だという。月曜日や月初をあらかじめ入社日に設定している企業は多いが、実は月曜日に入社した従業員が最も退職率が高いというデータがアメリカのある調査で出ている。なぜなら、週の始めは会議やイベントが多く、入社した新入社員のケアをするべき上司や既存社員は忙しくなりがちで、オンボーディングを行おうとしても難しいためだ。

 そこで、アンリ・ジャールが提案する入社日は、会社全体に時間的な余裕がある水曜日。しかも午後からにすることで週末までの時間を短くし、入社時の新入社員の負担を大きく減らすのが有効だという。

オンボーディングは
新人をチームの一員として
定着、育成するプロセス

 ここまで何度か出てきたオンボーディングという言葉。人材育成のためのものというのは察しが付くだろうが、具体的には一体何なのだろうか。この言葉はそもそも、船や飛行機に新たに乗り組むクルーに対し、知らない環境に慣れることができるようサポートすること。そこから派生し、ビジネスの場での人材育成のプロセスとして使われるようになった。応募時からスタートし、入社後は社内でよりよい人間関係を構築する手助けとなり、パフォーマンスの向上にも大きく寄与する、一連のプロセスだ。

 オンボーディングで何より重要なのは、プロセスそのものだとアンリ・ジャールは続ける。「勘違いしないでほしいのは、オンボーディングは新入社員の退職を防止するテクニックではないということです」。やるべき業務だけでなく、なぜやるのか、そして誰とやるのかを教え、伝えていかなければ、共に船に乗って危険な航海に挑むことなどできない。船や乗客が生き残れるのか、失敗し難破してしまうのかは、オンボーディングの質に左右されてしまうということだ。