降って湧いた恵みのボーナス
そんなときに突如、降って湧いたのが、かつて南らがビズリーチ社内の新事業として展開していたEC(電子商取引)事業「ルクサ」の買収の提案だった。
もともとKDDIは2013年9月に「KDDI Open Innovation Fund」を通じてルクサに出資していた。通信というインフラ事業から、より利用者との接点を持てるサービスへの事業拡大を目指していたKDDIにとって、ECを展開するルクサは魅力的な事業に映った。
ルクサも、KDDIとの資本提携を通じて事業を大きく成長させていた。仮にルクサが買収の提案に応じれば、ビズリーチには巨額の特別利益が入る。
ただ、南は深く悩んでいた。
ルクサは村田に社長を任せて以降、わずか4年で200人規模の組織に成長し、上場準備も進めていた。
今、ルクサがKDDIの傘下に入れば、飛躍的に成長することは間違いない。ビズリーチにも、停滞を打開する強力な軍資金が転がり込む。魅力的なオファーではあるが、一方で村田たちは、これまでのように経営の独立性を保てなくなるし、上場の道も消える。
南は最後の判断を村田に委ねた。「村田には頭を下げてルクサの経営トップになってもらった。その信頼関係を失いたくなかった。大切にしたのは村田の判断を支え、要望に応えることだった」と打ち明ける。
結局、村田はルクサの成長を考えてKDDIグループ入りすることを決断した。2015年4月、KDDIのルクサ買収が発表された。
買収から4年後のルクサの業績を見ると、売上高は218億円、営業利益は5億7000万円。村田の判断によって、ルクサは急成長を遂げ、事業規模を10倍近くに膨らませた。ルクサ社長を後任に託した2019年、村田は南らの熱心な誘いを受け、COOとして再びビズリーチに戻った。互いの信頼関係があってのことだ。
ルクサ売却の発表後、南らはビズリーチのブレークスルーにつながる思い切った施策を検討し始めた。
社内での議論の末、有力な選択肢として残ったのがマス広告だった。企業向けのダイレクトリクルーティングを宣伝する方法をあらゆる側面から調べたが、結局、ホームラン級の打開策となる可能性があるのはテレビCMしかない、という結論に行き着いた。
ただし、南はマス広告に懐疑的だった。
「それまでにも新聞広告や交通広告を何回か試したけれど、期待に沿う成果は得られなかった」。効果を明確に数値化できるデジタル広告に比べて、マス広告はプロセスや効果が見えづらく、投資判断を下しにくいことが何よりも不満だった。
一方で、創業期から本格的にオンライン広告の仕組みづくりに取り組んでおり、やれることはすべてやり切ったという実感もあった。利用者の動向を徹底的に分析して1円単位で最適化してきた結果、これ以上の伸びしろはあまりないようにも思えた。
「これはルクサのみんなが持ってきてくれた恵みのボーナスだ。最初で最後、大勝負を仕掛けよう」
全員で覚悟を決め、テレビCMの本格検討に乗り出した。
(2021年7月24日公開記事に続く)