サンクコストという考え方も可能

 買った本を読み始めたらつまらなかったという場合、読者はどうするだろう。すぐに捨てて(古本屋に売って)散歩に行くならば、購入代金を損することになる。しかし、購入代金がもったいないと考えて最後まで読めば、購入代金と読んだ時間を損することになる。

 本の購入代金は、本を読み終えても戻ってこないのだから、購入代金のことは忘れて「今から自分が一番幸せになるのは、散歩に行くことか、本を最後まで読むことか」と考えるべきなのである。

 同様に、株を買った以上、購入代金のことは忘れて「今から自分が一番金持ちになるのは、この株を売ることか持っていることか」と考えるべきだ。過去に投じた費用は回収できないので諦めることを「サンクコスト」(沈んだ費用)という。

 もしかすると、今売って損が確定してしまうと、「こんな株を買った自分がバカだった」と反省しなければならず、それが嫌だから売らずに塩漬けして値段が戻ることを期待し続ける、という人もいるかも知れない。

 例えば、親から相続した株ならば、相続後に値下がりしても、相続時の株価にかかわらず冷静に未来志向で売るか売らないかを判断できるのに、自分が買った株だとそうはいかない、ということは十分にあり得る。

 これは、実にもったいないことだ。「自分がバカだと他人に思われたくないから見えを張る」というのであれば、ある程度合理的な行動といえなくもないが、「自分がバカだと自分で思いたくないから、自分に見えを張るために不合理な投資行動を取って利益を犠牲にする」のは、全く合理的だといえないからである。