地政学的リスクが高まる中、有事の際、調達や納期の遅れを最小限に留める対策が喫緊の課題となっている。これは、グローバルに事業展開している企業だけでなく、ドメスティック企業も例外ではない。なぜならあらゆる分野のロジスティクス/サプライチェーンがグローバルに広がっているからだ。グローバルロジスティクス研究の第一人者、東京大学大学院工学系研究科准教授の柴崎隆一氏に聞く。

グローバルロジスティクスの
デジタル化

グローバルロジスティクスの論点東京大学大学院 工学系研究科 レジリエンス工学研究センター 准教授 
柴崎隆一
RYUICHI SHIBASAKI
東京大学大学院工学系研究科レジリエンス工学研究センター・技術経営戦略学専攻准教授。1993年、東京大学理科1類工学部土木工学科入学。東京大学大学院工学系研究科社会基盤工学専攻、修士課程修了。2000年、博士課程中退。東京大学助手を経て、2002年、国土交通省国土技術政策総合研究所港湾研究部港湾システム研究室、任期付研究官に就任し、国際物流・港湾計画に関する研究に従事。2006年より主任研究官。清華大学深〓研究生院現代物流研究センター、訪問研究員として広東省深〓市に滞在。2015年に国土交通省国土技術政策総合研究所管理調整部国際業務研究室長、2014年に京都大学経営管理大学院港湾物流高度化寄附講座客員准教授(非常勤)、2017年に東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻准教授などを経て、2020年より現職。主な編著書に『グローバル・ロジスティクス・ネットワーク』(成山堂書店、2019年)がある。

 私の研究領域は、グローバルロジスティクス(国際物流)です。世界全体を俯瞰するモデルを構築し、国の政策や企業の戦略に役立つ情報や知見を提供しています。

 現在、世界には、陸・海・空にまたがる多種多様な輸送ルートや輸送モードが存在します。また、利用者(荷主)によってコストや時間、それぞれ優先する事項が異なりますし、運賃や傭船(ようせん)(チャーター船)費、燃料費などはその時々で変動します。研究では、こうしたさまざまな変数を加味してデジタル上に物流モデルを構築し、そのシミュレーションを行ったり、貨物量の予測、海峡が封鎖した場合のリスクなどを計量したりしています。

 物流は暗黒大陸に例えられることがありますが、私はその最大の壁となっているのは、データへのアクセスや収集の難しさだと考えています。企業内部のロジスティクスであれば、自社内でデータを自由に得ることができるので、最適化が進んでいます。ターミナル内の貨物の配置やどのように積むかなど、自社で管理している範囲内であれば、かなり効率よく作業できるようになっています。

 しかし、多くのプレーヤーが関わる国際海上コンテナの複合一貫輸送などでは、そうはいきません。また、第三者による貨物の流れの把握・管理などもこれまではかなり困難でした。それが近年では、技術進歩のおかげで、たとえば次に紹介するAISデータをはじめ、GPSデータ、ETCデータ、衛星画像など、これまで得られなかったさまざまなデータが利用できるようになりつつあります。                                 

AISデータが革命を起こす

 現在、国際物流は、安価に大量の貨物を輸送できる船舶が中心的な役割を担っています。かつて海運に関するデータは入手しづらく、船が海上を移動している間は位置情報を把握できないのがもっぱらでした。

 しかし、AIS(Automatic Identification System:船舶自動識別装置)データが入手できるようになったことで、大きな変化が訪れました。AISは、船舶の識別コード、船種、位置、針路、速力、航行状態、その他の安全に関する情報を自動的に送受信するデジタルツールで、ある一定以上の大きさの船舶にはその搭載が義務付けられています。言わばGPSのようなもので、海運のビッグデータといえます。

 AISから発信される電波は、専用の受信機器で受信可能で、ソフトウェアと組み合わせれば電子海図上やレーダー画面上に表示することもできます。これにより、コンテナ船やタンカーなど、さまざまな船舶の就航状況が地球規模でリアルタイムにわかるようになりました。さらに、AISデータを提供する企業と契約すれば、過去の履歴も把握できます。

 ただし、AISデータは位置情報が主で、貨物の積載量や品目などに関するデータはありません。しかし、バース(係留施設)情報や船舶の挙動特性などを加味することで、貨物の積載量や内容物について推計することは可能です。