「こんまり」こと近藤麻理恵は世界で最も有名な日本人の一人。彼女の世界進出を手がけたプロデューサー兼夫である私の書籍『Be Yourself』では、こんまりが世界で活躍するようになった舞台裏を明かしています。今回対談する尾原和啓さんは新刊『プロセスエコノミー』を出したばかり。Netflixもこんまりも、魅力を尖らせたからこそ世界で勝てたのだと尾原和啓さんは解説します。(構成/宮本恵理子)
■尾原さん×川原さん対談01回目▶「尾原和啓×川原卓巳「DXの次はEXの時代が来る!」」
■尾原さん×川原さん対談02回目▶「片づけを「苦」から「楽しい」に転換して、こんまりは世界で売れた」
尾原和啓さん(以下、尾原) 卓巳さんの著書『Be Yourself』に書かれている、「環境が居心地良くなったら、あえて居心地の悪い場所に移ってみよう」というメッセージと一致しますね。それも、苦しむために移るのではなくて、「居心地の悪い中で、楽しむ力を身につけよう」と言っている。
川原卓巳さん(以下、川原) そうですね。僕はすでに「やばい状況ほどおもしろがる」という思考が染みついているので、完全なプロセス目的タイプです。
尾原 コンフォートゾーン、つまり、慣れた場所にいると、先に起きることも大体予測できるから安心できる一方で、成長が止まってしまう。
コンフォートゾーンを一歩抜け出すと、不安だし、痛いんです。自分には手の届かない“酸っぱい葡萄”に囲まれて、自分の無能さを痛感する出来事だらけになってしまうから。この無能さの痛みに耐えられなくてコンフォートゾーンを抜け出せない人が多い。
それでも一部の人は、この痛みの先に得られる学びの快感を覚えていく。不安、痛み、学びの快感、やがて成長と成果……というのがコンフォートゾーンを抜け出すステップなんです。
ただ痛みの段階で諦める人がほとんどなんですよね。「相手が正しくないんだ!」と言いながら。卓巳さんは痛みを乗り越えながら成長する経験を繰り返してきた人なのだと思います。
川原 そうかもしれませんね。ただ、自分の体感としては、積極的に突っ込んでいったというよりも、「もう逃げ場がないから、行くしかない」という感覚でした。もし僕が会社員のまま守られる立場にいたら、ここまで突っ込めなかったと思います。
最大のきっかけは、麻理恵さんが僕にすべてを委ねてきたこと。「あなたならできる」とオールベットされたから、「やるしかない」と覚醒できたんです。とてつもない不安と痛みを感じながら、「逃げたいけれど、逃げられない」と追い込まれ、ちょっとずつ成長している自分に気づいて、楽しくなって、気づけばグイッとステージが上がって。しばらく平行線が続いてちょっと調子に乗ったかと思うと、また試練が始まる。そんな感じです。
例えば、プレゼンテーションスキルという一つの能力をとっても、僕は移住前にコンサルタントとして人前で話す経験をバリバリ積んでいたから、非常に得意だったわけです。ところがアメリカで交渉のテーブルについて「英語でそれやれ」となった途端、小2レベルにガタ落ちするわけです(笑)。やべー、全然できないぞと焦りまくる。
尾原 分かる! 僕もGoogleに入ってすぐに同じショックを受けました。すごいストレスフルですよね。日本語だったら絶対に負けないのに……と。
川原 悔しいですよね。悔しいから、めちゃめちゃ予習して情報を仕入れていく。もう逃げ場がないから、やるしかない。麻理恵さんの“全幅の信頼”という戦略によって、能力はすごく拡張してもらえたと思っています。今思えば、かなりドMですね。
尾原 ハハハ(笑)。でもきっと、麻理恵さんのために頑張るという動機が、卓巳さんにとっては、最強のエンジンになっていたのでしょうね。人間って、自分のためだけに頑張ろうとしても途中でへこたれてしまうものです。だって、自分のためにやることなら、いくらでも妥協できちゃうから。
けれど、大切な誰かのためなら真剣になれる。麻理恵さんも、意図的に卓巳さんの能力を高めようとしたのではなくて、純粋に「お片づけの価値を広げる仕事が楽しい」と信じて行動していただけ。そのプロセスに、卓巳さんを誘っただけなのでしょうね。
川原 壮大な無茶ぶりでしたけどね(笑)
尾原 でも、その「ナチュラルに楽しいからやっているだけ」の状態は、永遠にスキルを磨き続けられるんですよね。コラムニストのマルコム・グラッドウェルが「天才」について分析した考察の中で、「一つの才能を磨くのに1万時間を費やしたかどうか」が天才の出現率に深く影響していると言っています。1万時間以上磨き続けた人のすべてが天才になれるわけではないけれど、これを満たさなければ天才にはなれない。
この点において、麻理恵さんや卓巳さんのようなプロセス目的タイプの人たちは最強なんです。なぜなら、放っておいても1万時間以上かけてスキルを磨き続けちゃうから。
川原 寝ても覚めても気になっちゃうから、自然とクリアするんでしょうね。
尾原 『Be Yourself』の中でも、「自分が楽しいと思えること以外を削ぎ落とせ。すると、残ったものはすべて楽しめるものになって、それに時間を費やせるようになる」と書かれていました。
川原 僕、本気でそうするべきだと思っているんです。今の時代、特に先進国においては、量的拡大で成長するフェーズは終焉を迎えています。
創造的でユニークなものに価値が見出される世の中になろうとしているときに、「苦手を埋めること」に時間を費やすのは、ほぼ無意味です。自分の興味がある領域で力を伸ばしたほうがユニークな存在に近づけるし、結果として、人生の豊かさも手に入る。
実際、ものすごくアンバランスで偏っている人ほど、今、価値を生んでいるし、光を浴びているように思います。麻理恵さんも非常に偏った才能のモデルの一人です。
対して僕は、もともと器用貧乏で、突出した才能は何もなかったけれど、麻理恵さんの“全幅の信頼”という追い込みによって、「才能がある人を輝かせる才能」という一点に全集中するようになっていった。その結果、僕にとっての“自分らしさ”が開花したというわけです。最初は「麻理恵さんのために」だったけれど、今はそれで得た手法を生かして「全人類のために」と、利他の範囲が広がっている。
尾原 製造業が社会を引っ張っていたこれまでの時代では、「尖りをなくすこと」が成長の必須条件でした。尖りを削って、全部、同じ規格の精密な部品を揃えて、一致団結して「GO!」という価値観。これが日本はとても得意で、ソニーもトヨタも世界で勝っていました。
でもマーケットが多様化した今は、尖りをさらに尖らせて突き受けた人が勝てる時代です。とにかく差別化で磨く。実は、Netflixはその産物だと知っていましたか?
川原 え、知りたいです。
尾原 Netflixって、逃げて生き残ってきた会社なんです。最初はレンタルビデオ業を始めたんですが、すでに強力な競合がいたことに気づいて「店舗型でやっても勝ち目ない。逃げよう!」と郵送モデルへ転換した。でも、すぐに「利用ごとに料金をもらう仕組みだと、全然稼げない。どうしよう。うーん、月額制でやったれ!」と切り替えた。
しかし、次に起きた問題が、「人気作品に注文が集中して、常に品薄」というもの。試行錯誤をするうちに、マイナーな監督作品を売り出す戦略に鉱脈を見いだして、ユーザーとのマッチング精度を上げるデータベース・マーケティングに舵を切っていった。
当時、コンテンツの業界でデータベース・マーケティングをやっている会社はほとんどなかったんですが、その中で思い切った投資を続けていると、ブロードバンド環境が普及し、配信環境が飛躍的に向上しました。それから会員数が急速に伸びていくと、今度はオリジナル作品の制作を始めたんです。
「どのユーザーがどんな作品を観たいのか、全部分かる」という強みを生かして、『この女優が出ていたら必ず観る100万人』×『この監督の作品なら必ず観る100万人』×『宮廷の陰謀モノなら必ず観る100万人』……というふうに、試聴層を手堅く最大化する手法でヒット作をつくっていきました。
一見、「え? そんなのあり?」という作品でも、出してみるとヒットするパターンが多いのは、Netflixが差別化を繰り返して行き着いたデータベース・マーケティングの成果です。
川原 僕らの番組「Tidying Up with Marie Kondo」も、まったくもって当てはまる気がします。普通に考えると、あんなに平坦で動きのない映像作品は生まれないと思うので。
尾原 延々と片づけをしているストーリーですもんね。
川原 ドラマティックな演出でデフォルメされた作品にしたくない、というのは僕らの意思でした。片づけによって起きる人生の変化と感動をストレートに伝えたかった。極端なことを言えば、僕らにとっては視聴回数を稼ぐよりも、「片づけの本当の価値を、飾らないありのままの姿で伝えること」が大事だったんです。そんな僕らのこだわりに対して、Netflix側は「それでいい」と言ってくれたんです。だから、あの番組は成立した。
尾原 深いエピソードですね。
(2021年7月31日公開記事に続く)