絶縁した親族は遺体の受け取りを拒否

 葬儀社の回答どおり、佐藤の遺体、そしていくつかの遺留品は警察がそのまま持っていった。「原因は薬だろうけど、一応ね……」。事件性はなく、死因の特定のために司法解剖を行うという。

 一方で、親族への連絡はなかなかつかない。所持品に特に手がかりもなく、かろうじて入居申込書に兄の連絡先が書いてあったものの、連絡してみると「絶縁しているし、仕事が忙しいから行けない」と言われてしまった。

 警察からも連絡を入れるが、結局、遺体と物件の様子を見に来たのは佐藤が亡くなった翌日の夜。遺品は持ち帰ったものの、遺体の受け取りは拒否。そして、「あとはオーナーさんで」という話になってしまった。

 しかし、実のところ、増田はそこから先の対処法を容易に思い浮かべることができた。それは、ある男が言っていたことを思い出したからだ。

「半日動いて50万。仕事を取れさえすれば、毎日でも動きたいんですよ」

 インターネットを使い、シェアハウスにやって来るような身寄りのない人間を集めることで、100名以上を“囲っている”増田。その増田に、「どうにか客を増やす知恵はないものか」と相談を持ちかけてきたのが、これまでも何度か「物件撤退」を手伝ってもらった井田である。

 非正規雇用者の増加で高まる「夜逃げリスク」

 井田は目ざとい男だと増田は思っていた。最近まで、「夜逃げ屋」ならぬ「夜逃げ後処理屋」として働いていたこともその理由である。

 “夜逃げ”自体は大昔からあったに違いない。ただ、ここ10年ほどは、不動産賃貸業関係者にとって、これまでとは違った形の「夜逃げリスク」が明確に認識されるようになったという。例えば、従来のわかりやすいイメージとして、事業の失敗や借金の保証人を原因とした夜逃げを挙げられるかもしれない。しかし、今では、学校を卒業しても正規雇用に就かずに生活する単身者世帯の「夜逃げ」が多いのだ、と井田は語る。

シェアハウスに映る死、夢、そして孤独の今生活必需スペースは全住民で共有している

 そもそも、現代において、入居段階で求められる契約時の敷金・礼金を支払うこと自体が、少なからぬ者にとって困難になっている状況がある。例えば、7万円の家に住む場合であっても、敷金・礼金・初月の家賃で4ヵ月分にもなれば、それだけで初期費用は最低でも30万円、家具の準備なども考えれば40万円程度の元手は必要である。そのため、「ゼロゼロ物件」(敷金・礼金がゼロであり、わずかな初期費で入居できる物件)など、初期費用を家賃に上乗せする形で回収する物件も登場した。

 さらに、彼らは保証人もつけたがらない。それは、家族・親族との関係が希薄であること、あるいはカタい職についていないがゆえに、家賃の支払いが滞るリスクを自分自身でも認識していることが大きな理由として挙げられる。そのようなニーズとリスクを吸収する形で「家賃保証会社」(家賃の数割~数ヵ月分程度の保証金を支払うことで、保証人の代わりにオーナー向けの家賃保証をしてくれる)という業態も生まれた。

 井田は長いこと「不動産清掃事業」を営んでいた。賃貸契約が満了となった物件を訪れて、退居の確認と残置物の処理、故障箇所の修理・清掃を行う仕事である。そして、その延長として「夜逃げ後処理屋」を行っていた。