未来のプロトタイプとしてのディストピア

『侍女の物語』には、いわゆるSFっぽいハイテクガジェットこそ登場しないが、架空の国家、架空のシステムが緻密に構築されており、そこで暮らす人々の行動や心理も豊かな機微で描かれている。だからこそ説得力にすごみがあり、現実の活動、運動のシンボルとなったといえる。しかし、筆者が本作に引かれるのは物語の内容だけではない。その「枠組み」も素晴らしいのだ。

 第1に、優れた「ジェンダーSF」である点だ。不可視化されている社会構造の問題点をえぐり出すためには、フィクションによって常識、規範、思い込みをひっくり返すのが効果的だ。特に「性」にまつわる部分でそれを実践するのが「ジェンダーSF」だが、人間の本質に根差した部分だからこそ、うまく使えば社会の深部に斬り込むドラスティックな効果を呼び覚ます。

 第2に、パワーに満ちた「ディストピア小説」である点だ。「SFで未来を試作してビジネスに生かす」ことを提唱するSFプロトタイパーの王道は「フィクションでありたい未来を描く」ことだが、「絶対にあってほしくない最悪のシナリオを可視化する」ことも、時に理想の未来像以上の喚起力を持つ。『侍女の物語』はまさしくそれで、負のイメージが鮮烈だったからこそ、それを回避する行動を促すトリガーになったのだ。残酷なフィクションは、確かに読者の心をえぐる。しかし、「悲惨な目に遭っている人は、現実にはまだいない」ことは大きな救いだ。優れたフィクションはノーリスクで最悪の未来を垣間見せてくれる。ディストピアもまた、未来創造に役立つプロトタイプなのだ。

 社会はまだまだ男性主義的だし、SFかいわいも例外ではない。筆者自身、これまで読んできたSFを改めて振り返ると、かなりの数が男性作家の作品で、それに自分で気付いたときはショックを受けた。本連載の第1回で示した次のリスト「SFを重視している著名人」にも、意図したわけではないが、米国の白人男性資産家がズラリと並んでしまっている。「それが現実だから仕方ない」と開き直るのは簡単だが、現状をただ肯定しているだけでは世界は永遠に変わらない。そして、SFが現状を変える突破口になる。

 あらゆるビジネスにおいて、多様性の確保は必須条件だ。本作のような作品が広く読まれることが、じわじわと人々のマインドセットを変え、ビジネス領域にスムーズに女性の参画を進める契機となるだろう。インクルーシブな未来を志向したいと願う多くのビジネスパーソンにとっても、アトウッドの作品は格好の入り口になるはずだ。

 ちなみにアトウッドは、『侍女の物語』の15年後を舞台にした続編『誓願』を2019年に発表している。18年には、アトウッドの弟子的な存在の女性作家、ナオミ・オルダーマンが、優れたジェンダーSF『パワー』(バラク・オバマ元米大統領も推薦!)を発表し、女性作家が著した最も優れた作品に与えられるベイリーズ賞を取って話題になった。『侍女の物語』に衝撃を受けた人は、ぜひこれらも併読してほしい。