「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

妬まれていると感じた時に、人が選択する行動

 人は、自分が妬まれているかどうかに敏感に反応します。

 このことは、自分自身の心理的、身体的な健康を脅かすことになるため、自己防衛的な反応として先天的に備わっている能力だと考えられます。

「社内表彰を受けて以降、同僚Yさんは何かと私に敵対心をむき出しにしてきていた。それなのに、あるプロジェクトメンバーにYさんが選ばれてから、急に私に愛想がよくなった。どうやら今度は、私を利用して自分の手柄にし、上司に認められようとしているらしい」

 このように他人から妬まれていると感じたとき、人は自己防衛的になり、Yさんを避けようとします。

 ただその一方で、人間はどこまでも社会的な動物らしく、自分を妬ましく思っているYさんとですら関係を崩さないようにしたいという動機も共存させているのです。

 そのため、妬まれた人の心は、密やかに裏切るかもしれないXさんを避けたい気持ちと、Yさんと関係を維持しておきたい気持ちの狭間で激しく揺れ動き始めます。

 妬まれる人は、基本的にとばっちりを食っているのですから、災難なことです。このような面倒な感情の標的にもなりたくないし、もしも標的になったとしても早く回避、解決したいところです。

 妬まれる人は、妬まれる脅威から逃れようとして、3種類の行動をとります。「隠す」「避ける」「妬む相手と手を組む」です。

(1)隠す

 1つ目の「隠す」は、自分の長所や能力を隠したり、控えめに見せたりすることです。

 出る杭を打とうとしている人に、「あなたが思っているほど自分には秀でたところはない」と自己呈示する行動(自分が他者からどのように見られているか、その自己イメージや印象を戦略的にコントロールする行動)です。

 例えば、地位を得た人は自分が妬まれていると感じやすくなり、その結果、知識や情報を隠すようになる傾向があることがわかっています。[1]

 ただし、この「隠す」という行動には注意が必要です。

 妬みを買った張本人にとっては有効な行動に思えるかもしれませんが、組織全体で見れば、パフォーマンス低下につながる可能性が高いからです。

 仕事に必要な知識・情報隠しは、対人コミュニケーションの不足だけでなく、地位(職位)間の分断を引き起こしかねません。

 地位間の分断を防ぎ、また改善するには、管理職などの地位を得た人には、知識や情報を共有することが期待されていると認識してもらうことです。

 そうすれば、周囲からの期待とそれに伴って高まる義務感が、知識隠しを抑制してくれます。

(2)避ける

 2つ目の「避ける」は、妬む人を避ける、あるいはお互いが近接しないで済むように場所や役割を棲み分けるようにするという戦略です。

 物理的に近く、またお互いにとって重要な同じ土俵でのみ生活していると、気にするなと言われても気になるものです。

 ですから、それぞれが異なる強みを持っていると認識し合い、相互依存する環境(とくに心理的な環境)が整備されることは、それぞれの強みを発揮させやすくし、職場全体のパフォーマンス向上につながるでしょう。

 これは先ほど述べた、一人ひとりに役割を与えるということとも通じる話です。

(3)妬む相手と手を組む

 3つ目に挙げる「妬む相手と手を組む」は、自分の強みや長所、役立つ情報などの資源を妬んでいる相手に提供する、援助などの向社会的な行動をとるなど、協力体制を構築するという行動です。

 社会心理学の研究者ヴァン・デ・ヴェンたちは、これらの行動のうち、3つ目に注目しました。[2]

援助のウラにある感情

 ヴァン・デ・ヴェンたちの行った実験とその結果は以下の通りです。

 はじめに、男女60名の実験参加者は「金銭的なインセンティブがパフォーマンスに与える影響についての実験を行う」と説明を受けます。

 そして、「参加者」と「パートナー(実際には存在しません)」は、別室に分かれて課題に取り組みます。

 その後、参加者に、自分の得点とパートナーの得点が報告されます。

 実は、パートナーの得点は、実験者側がコントロールしたもので、参加者と同じ得点が知らされます。

謝礼に差をつける

 ここで、2つの条件操作が行われました。

[統制群]では、「参加者と同じくパートナーにも謝礼の5ユーロが支払われた」と伝えられます。

 一方、[妬まれ群]では、「両者同じ得点を取ったにもかかわらず、参加者だけに謝礼5ユーロが支払われ、パートナーには支払われなかった」と伝えられます。

援助するか、無視するか?

 その後、参加者は「パートナーが次の課題(全7問)を解き始めた」と知らされ、パートナーは1問ごとに参加者にアドバイスを求めてきます。

 参加者には、次の3種類の対応の選択肢が用意されます。

・1 自分が正解だと思う答えを伝える。
・2 自分は答えを知らないと伝える。
・3 パートナーからのリクエストを無視して、その時点から対応するのをやめる。

 その結果、最終7問目までアドバイスを与えた実験参加者の比率を見ると、[妬まれ群]では82・5%だったのに対し、[統制群]では60・0%に留まりました。

妬まれたくないから援助する

 こうして「自分は妬まれている(のではないか)」と感じとることには、相手への援助行動を促す機能があることが示されました。

 さらに実験は何度も行われ、相手が悪性の妬みを抱いていると感じたときのみ、援助行動が促されることがわかりました。

 相手が敵意を自分に向けていると思うとその相手を助けようとし、自分に憧れている(良性の妬みを抱いている)相手には、問題が進むごとに援助がなされなくなっていきました。

 この結果を受けて、ヴァン・デ・ヴェンたちは、妬まれることに対する恐れを抱くことは集団に役立つ機能であると結論づけました。

 一見悪にまみれたように見える妬みの感情ですが、この感情のおかげで、私たちは人間関係を維持する必要性に改めて気づくことができ、自分の心の安寧と相手との関係維持を両立しうる手段を考え出す知恵を授かっているのかもしれません。

 妬みは人間の心の一側面にすぎませんが、そこにかかわる当事者それぞれの立場を理解することは、不必要な諍い・軋轢を未然に防ぐことに役立つはずです。

脚注[1]Liu, Y., Zhu, J. N., & Lam, L. W. (2020). Obligations and feeling envied: a study of workplace status and knowledge hiding. Journal of Managerial Psychology, 35 (5), 347-359.

[2]van de Ven, N., Zeelenberg, M., & Pieters, R. (2010). Warding off the evil eye: When the fear of being envied increases prosocial behavior. Psychological Science, 21 (11), 1671-1677.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)