プレイヤーとしての「優秀さ」を手放す

前田 ぼくも、同様の気持ちで『課長2.0』を書きました。「自分ががんばれば、なんとかなる」と無理を重ねていたかつての自分に向けて、「管理職は力を抜いて、メンバーに上手に“技”をかけて、彼らが秘めている“力”を最大限に引き出す」ことが大事だと諭すつもりで書きました。いま現場で頑張っている管理職の方々に、届いてほしいと願っています。

 ところで、プレイヤーとしての「優秀さ」を手放すことに抵抗を感じるリーダーの中には、「自分でやったほうがうまくいく」「自分でやったほうが速い」と考える人のほかに、「プレイヤーとしての優秀さを手放してしまったら、自分のポジションが危うくなるかもしれない」と危機感を覚えている人もいると思うんですね。そこは越川さん、どう考えていますか?

越川 たしかに、そういう人はいるかもしれませんね。管理職に抜擢されるのだから、それまでその人は好成績を収めることで自分のポジションをつくってきた。管理職になっても、それを継続しないとポジションを守れないと思ってしまうのかもしれません。

 だけど、繰り返しになりますが、大前提として、「会社から求められているのは、リーダー自身がプレイヤーとしてバリバリ働くことではなく、チームのリーダーとして、個人では達成できない大きな目標を達成することである」と自覚する必要がありますね。ここを間違えると、管理職としてのポジションが危うくなってしまいます。

前田 なるほど。

越川 “ひとりのプレイヤー”として出すことができる成果というものは、会社にとってはごくごく限定的な範囲のものです。「課長に昇格した」ということは、その「限定的な範囲」を超えるものが求められるようになったということ。「もうキミは、プレイヤーとして成果を出すフェーズは卒業だ」という会社からのメッセージなわけですね。

 だから会社からのミッションに応えるためには、“ひとりのプレイヤー”として結果を出すのではなく、チームとして大きな成果を出すべく、メンバーを育てることに注力するのが正解です。プレイヤーとしてバリバリ働き続け、優秀さを誇示し続けることこそが、「自分のポジションを危うくする行動」となるんですよ。

前田 おっしゃる通りですね。ぼく自身、当初、「メンバーがつくった“穴”を自分の仕事で埋めればいい」と思って頑張ってましたが、達成目標がどんどん上がっていくと、ぼくの力だけではとても埋められないようになりました。

 そして、自分のやり方をメンバーに教え込もうとしたけれど、人それぞれうまくいくやり方は違いますから、ぼくのコピーをつくろうとしてもうまくはいきませんでした。

 それでようやく、チームとして高い目標を達成するためには、一人ひとりのメンバーが自分の頭で考えて積極的に行動する、そんな自走力のあるチームにするしかないということに気づいたんです。このことが“腹落ち”するまで、かなりの“授業料”を払いましたね(苦笑)。

越川 ぼくもそうです(苦笑)。しかも、いまはリモートワークですから、そもそもメンバーにつきっきりで指導ができるわけではない。自走力をつけてもらうしかないんですよね。

前田 そうです。それこそが、『課長2.0』の核心にあるメッセージなんです。

越川 そして、そのためには、リーダーは勇気を持って「優秀さ」を手放すことが欠かせません。そしてその手放した「優秀さ」をメンバーが自分のものにできるよう、メンバーに自由と責任を渡していくんです。そうしなければ成果を出し続けられないことを、優秀なリーダーは気づいているんですね。

前田 私のような「キャパシティの限界にぶち当たって、やむを得ず」ではなく、自ら考えて「プレイヤーとしての優秀さ」を手放せるリーダーは、本当に優秀なんだなと感じます。

 というのは、「プレイヤーとして結果を出す」ことと、「管理職として結果を出すこと」は、まったく次元の違うことだからです。この違いが、管理職になりたての頃は、ぼくにはまったくわからなかった。

 このことを考えるときに、いつも思い出すことがあります。話がずれてしまうかもしれないのですが、ぼくは小学生のとき、親の内職を手伝うのが大好きだったんですね。

越川 えらいですね!

前田 いやいや(笑)。単に、単純作業が好きだったんですよ。「これを10個仕上げたら、10円もらえる」と成果が見えるのがすごくわかりやすくて、やりがいがありました。

 社会人になっても、最初は飛び込み営業だったものですから、内職と同じように、数をこなしたら結果が出るわけですね。やればやっただけ成果を得られるから、大きな充実感がありました。

 でも管理職になってみると、途端に「どうしたら成果を得られるか」が見えなくなったんです。どれだけ動いても、行動の量に比例して成果が出てくるわけではなくなった。「自分が10個仕上げたらいくらもらえる」という世界から、「自分じゃない人にやってもらって、その結果が自分のアウトプットになる」という世界へと変わったわけです。

“トップ5%のリーダー”は、「自分は平凡な人間」と認識している!?前田鎌利(まえだ・かまり)
1973年福井県生まれ。東京学芸大学で書道を専攻(現在は、書家として活動)。卒業後、携帯電話販売会社に就職。2000年にジェイフォンに転職して以降、ボーダフォン、ソフトバンクモバイル株式会社(現ソフトバンク株式会社)と17年にわたり移動体通信事業に従事。その間、営業現場、管理部門、省庁と折衝する渉外部門、経営企画部門など、さまざまなセクションでマネージャーとして経験を積む。2010年にソフトバンクアカデミア第1期生に選考され、事業プレゼンで第1位を獲得。孫正義社長に直接プレゼンして数多くの事業提案を承認され、ソフトバンク子会社の社外取締役をはじめ、社内外の複数の事業のマネジメントを託される。それぞれのオフィスは別の場所にあるため、必然的にリモート・マネジメントを行わざるを得ない状況に立たされる。それまでの管理職としての経験を総動員して、リモート・マネジメントの技術を磨き上げ、さまざまな実績を残した。2013年12月にソフトバンクを退社。独立後、プレゼンテーションクリエイターとして活躍するとともに、『社内プレゼンの資料作成術』『プレゼン資料のデザイン図鑑』『課長2.0』(ダイヤモンド社)などを刊行。年間200社を超える企業においてプレゼン・会議術・中間管理職向けの研修やコンサルティングを実施している。また、一般社団法人プレゼンテーション協会代表理事、情報経営イノベーション専門職大学客員教授、サイバー大学客員講師なども務

越川 たしかに。

前田 Aさんは2個しかやってくれなかったけれど、Bさんは10個やってくれた。しかも、昨日Bさんは10個やってくれたのに、今日は6個しかやってくれなかったなんてことが起きる。すごく不確実だし、なんでそうなるかもわからないわけです。それで、「こんなことならば自分でやったほうが早いし、安心だな」と思ってしまうんですよね。

 ぼくは先ほど話したように、仕事の量が多すぎて、必要に迫られて「メンバーに任せる」思考へと変わったのですが、そこまで必要に迫られていないリーダーは「思考を変えろ」と言われても難しいのかもしれないなとも思います。

越川 その感覚、よくわかります。確かに難しいことかもしれませんが、もしかしたら、「トップ5%リーダー」と「トップ20%リーダー」の違いをお話ししたら、「ちょっとメンバーに任せてみようかな」と考えてくれるリーダーも増えるかもしれませんね。

前田 どう違うんですか? すごく面白そうですね!