京都の伝統工芸・西陣織のテキスタイルがディオール、シャネル、エルメス、カルティエなど世界の一流ブランドの内装などに使われているのをご存じでしょうか。日本の伝統工芸の殻を破り、いち早く海外マーケット開拓に成功した先駆者。それが西陣織の老舗「細尾」12代目経営者の細尾真孝氏です。ハーバードのケーススタディーとしても取り上げられるなど、いま世界から注目を集めている異色経営者、細尾氏の初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』(ダイヤモンド社)が出版されました。本連載の特別編、デザイナー太刀川英輔氏との対談の2回目をお届けします。太刀川氏はデザイン事務所、NOSIGNER株式会社の代表であり、山本七平賞を受賞した話題の書『進化思考』(海士の風、2021年)の著者。そんなお2人が、美意識と工芸、デザインの持つ可能性について語り尽くします。好評のバックナンバーはこちらからどうぞ(構成/北野啓太郎、撮影/石郷友仁)。

アイデアを出し続ける人が、共通してやっていることPhoto: Adobe Stock

着てみて気持ちのいい、揺らぎのグルーブがある

太刀川英輔(以下、太刀川) 前回は、西陣織が持つ美という曖昧なものをどうやって進化させて行くかという話をしたけど、布には着心地もありますよね。それについてはどう認識されていますか。

細尾真孝(以下、細尾) 織機には手織りと機械織りがあって、それぞれで着物の着心地が変わるんです。もっと言うなら、手織りでも縦糸をビシッと張って織る高機(たかはた)と、自分の身体で縦糸のテンションを調整しながら織っていく地機(じばた)でも違う。糸を一様でビシッと張っていると、糸がだんだん疲れてくるんですね。やっぱり蚕の繭からつくる絹なので。

太刀川 「ちょっとキツくなりすぎてきたな」と、変えながら織っていくわけですね。

細尾 そうなんです。織物の隙間をどうもたらすかが、着心地に影響してくるんです。織物は動くんです。絹ってギュッと締めたら、キュと鳴るじゃないですか。あれは隙間がギュッと埋まって、いわゆる衣擦れの音みたいなことなんですけど。昔の旦那衆は、高機か地機かって着て見分けていたと言われています。

太刀川 同じテンションで織られた完璧な感じの布が良いのか、それとも密度が違うところがあったとしても、その揺らぎ自体、人間も揺らいでいる存在だから心地いいのか。これって、どっちなんでしょうね。

細尾 美意識の高い昔の人たちって、揺らぎのあるほうを、皆さん好まれていますね。

太刀川 なるほど。ある意味、揺らぎを織っているんですね。

細尾 そうなんです。見た目は普通に織られているように見えるんだけど、実はそこに揺らぎのグルーブみたいなのがあると思うんです。

太刀川 へぇ、面白いね。着たときに「いいグルーブの布だね」みたいなのもあるわけですね、きっと。

細尾 そうですね。でも、そのグルーブを感じられる人は、実際に何度も着ていないとグルーブの良さはわからない。音楽でも、完璧なデジタルだったり、揺らぎのある生演奏だったり、ファンキーだったり、テクノだったり、いろいろ聴いているから「これ、良いグルーブだね」とわかるわけで。

太刀川 確かに。

細尾 ひとつひとつのマテリアルを生き物のように扱いながら、どうその中で調和させていくか。どう着心地や美を織っていくか。そういうことかなと思いますね。

太刀川 僕は、創造性を言語化するということにかけては頑張っているつもりだけど、言語化しづらい感覚のうちのひとつに、デザインのディテールの良し悪しがある。一応インダストリアルデザイン協会の理事長でもあるのでそういう観点だと、器(うつわ)も顕著な気がします。「持って、良さがわかる」という、あの感じです。自分の中のセンサーで、立ち上がってくるグルーブみたいなものを読んでいるのかな。やっぱり、これはKPI化しにくいというのがありますね。

細尾 イタリアデザイン界の巨匠のエンツォ・マーリ氏と2010年と、デザイン誌『AXIS』の座談会でご一緒する機会があったんですけど、そのときエンツォ・マーリ氏がホワイトボードに手の絵を描いたんです。そして、その手の中に脳を描いて、「職人は手の中に脳があるんだ」と強調されていたのが忘れられないです。昨今は、コロナ禍でものに触れられる機会がさらに減り、ますます視覚の方が強い時代になっていますけど、やっぱり触ってみる価値って、視覚以上にあるだろうなと思います。立体として身体で捉えますしね。